吹割の滝
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無料の足湯を楽しんだあとは、生活用品や骨董品などが並ぶ小屋を覗いて見て回りました。
柱時計、ぞうり、わらぐつ、みの、臼・きねなどを見て、子供のころを思い出しました。
<薬師温泉について(左)・紅葉樹(中)・温泉たまご(右)>



《柱時計》= 佐渡の実家には、昭和40年ころまでありました。
時計の打ち方が遅くなると、ネジが無くなったことが分かります。
柱時計の真ん中には、ネジを巻く穴が二つあります。
左の穴は時計回りに、右の穴はその反対回りにネジを巻きます。
そのとき、台に使っていたのが、箱馬という踏み台でした。
<ミニ水車の模型(左)昔懐かしい骨董品の数々(右)>


《ぞうり》= 小学生のころは、運動靴などありませんでした。
学校の上履きは、藁に布切れを混ぜて編んでくれた、母手づくりの
ぞうりでした。
《わらぐつ》= 小中学生のころは、長靴がありませんでした。
雪の降った日は、軽くて暖かいわらぐつを履いた経験があります。
今は地球温暖化の影響でしょうか、雪が少ないように思います。
《みの》= 小学6年生(終戦前年)のとき、学校で米作りをしました。
田植えが終わった雨の日、みのを着て田んぼ見廻りに行きました。
まだ子供です。 ふざけて田んぼの畔を壊したことがあります。
田んぼ見廻りから学校に帰ると、雨に濡れたみのを着たまま校門前に友達と一緒に立たされた苦い体験があります。
<拍子木・ざる・ぞうり・わらぐつ・みの・臼などの展示品>


《臼ときね》= 子供のころの正月は、1ケ月遅れでした。
借りてきた臼ときねで、父が正月用の餅を搗いてくれました。
その餅を両手で丸餅にするのと、草餅を食べるのが楽しみでした。
当時の生活必需品や骨董品を眺めて、子供のころを思い出しながら懐かしく見学しました。
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湯の湖から国道120号を金精峠に向かって走り、トンネルを抜ける
と、ブルーの湖水をたたえた菅沼と丸沼があります。
菅沼の紅葉を見ようと思ってきましたが、閉鎖されていて入れません。 次の丸沼は右折を怠って通り過ぎてしまいました。
続く国道沿いの丸沼高原スキー場は、左折してスムーズに入ることができました。
<日光白根山ロープウェー乗り場入り口の紅葉>

スキー場の入り口には、環境省が選んだ 「平成の名水百選」 に選ばれた記念に設置したという、「丸沼高原涼水」 がありました。
<尾瀬の郷片品湧水群 「丸沼高原涼水」>

涼水設置案内によれば、
「来訪された方々に、自由に水を汲んで貰えるように設置した。」
と、記されていました。
さっそく渇いた喉をうるおそうと、冷たい涼水をいただきました。 ![]()
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湯滝から湯の湖に向かって登る階段は、ジグザグで急な坂道です。
石段は何段あったのか、登るのに疲れて数える気力もありません。
立ち止まっては休み、立ち止まっては休みながら、やっと湯の湖の流水口に着きました。
ここから湯の湖の残り半周を、時計と反対回りに歩きました。
<湯の湖の東側にあり湖に突き出た兎島>

残りの半周は、国道120号に沿って湯元温泉へ帰るコースです。
このコースは何度も歩いていますが、湯の湖に突き出た 「兎島」 は、まだ歩いたことがありません。
<兎島から湯元温泉の入り口を撮る>

湖に突き出た兎島は、雑木林の中にクマ笹が茂る遊歩道です。
<兎島の紅葉樹(左)と兎島から国道120沿いを撮る>


兎島巡りが終わって、湯の湖の周回コースへ出るところで、大正期の小説家 葛西善蔵 の文学碑と出合いました。
秋ぐみの 紅きをかめば 酸くしぶく
タネあるもかなし おせいもかなし 善蔵
案内には、おせいは愛人の名で、碑文は自筆と記されていました。
<兎島の入り口にあった葛西善蔵の文学碑>

クマ笹の茂る兎島を歩いて湯の湖の遊歩道を一周しました。
その後、湖畔で広げたおにぎりの味は格別でした。
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湯の湖の流水口から勢いよく流れ落ちる 「湯滝」 は、高さ約75mの滝といいます。
湯滝の落ち口から滝の飛沫を右手に見ながら階段を下ると、雑木林の中のモミジの紅葉がひと際輝いて見えました。
<流水口から流れ落ちる滝(左)と急坂途中の紅葉(右)>


ジグザグの階段を降りたところで、滝の正面に木製の観瀑台があります。 豪快に落ちてくる滝が勇壮です。
滝壺前の観瀑台では、大勢の観光客が滝を見上げています。
<湯滝の観瀑台から滝を見上げて撮る>


ここ湯滝へは、湯の湖から降りてくるコースと、赤松分岐から湯川に沿って湿原の草花を観賞しながら木道を歩く、戦場ケ原自然研究路があります。
途中、青木橋を渡ったころから雑木林となり、マガモやカルガモノが遊ぶ泉門(いずみかど)池で休憩をとり、ミズナラの林を歩いて湯滝に来たハイキングの思い出があります。
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持参したおにぎりは「湯の湖」の湖畔で食べようと、戦場ケ原を発って湯の湖へ向かいました。
日光湯元ビジターセンター横の駐車場に車を止めて、湯の湖の遊歩道を時計と反対回りに歩きました。
<休暇村「日光湯元」裏の湖畔から男体山を望む>

湯の湖の遊歩道は全長約3km、歩いて約1時間と聞いています。
遊歩道には、自然観察 「Q&A」 の設問板が13箇所もあります。
湯の湖周辺の自然を知ることができる、楽しいコースです。
<湯の湖遊歩道のコース案内(左)とモミジの紅葉(右)>


針葉樹からブナ、ミズナラの広葉樹があります。
その樹木に交じってアズマシャクナゲが群生しています。
以前、ピンク色のアズマシャクナゲを見たくて湯の湖を訪ねたことがあります。
しかし、開花時期がずれていて残念な思いをした経験があります。
<湖の岩場で羽を休めるマガモと針葉樹林の紅葉>

湖を約半周して、樹林が開けたところで 「湯滝」 が近くなります。
幾つかのマガモが岩場で羽を休めています。 また、ベンチ近くに寄ってくるマガモをカメラに収めました。
湯の湖から湯滝に流れる流出口に架かる橋を渡って、湯滝への急な階段を降りて観爆台へと向かいました。
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中禅寺湖畔の国道120号を 「龍頭の滝」 に向かって走りました。
龍頭の滝の駐車場に入ろうとしましたが満車でした。 次に向かったのが滝の上の駐車場でしたが、ここも満車で諦めました。
三本松園地に来ました。 展望台に立って戦場ケ原の草原(草紅葉)を一望しました。
<戦場ケ原の展望台(左)と戦場ケ原の草紅葉(右)>


初めて戦場ケ原を訪ねたのは、
今から21年前の昭和63年(1988)の8月30日です。
健康保険組合が主催するハイキングコースの下見に来たのです。
翌月の18日には、家内と二人で赤松茶屋前の分岐点から 「湯滝」 まで歩きました。
さらに翌月の10月30日には、健康保険組合のハイキングで歩きました。 この一年は、3度も来たことになります。
<三本松園地から男体山を望む>

その後、戦場ケ原には、日光ハーフマラソン、小田代ケ原ウオーク、湯の湖一周ウオーク、クリンソウの花見などで来ています。
11年振りの戦場が原、また歩いてみたいと思いながら眺めました。
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「諸願成就の梵鐘」 で鐘を撞いて出た所の斜め右に、不動明王が
見下ろす 「手水場」 があります。
そこから少し離れた所に、
「この癌は皆様の病気を身代わりになって出来たもの也」の案内があり、「身代わりのこぶ」 の木がありました。
<不動明王の手水場(左)と身代りのこぶ(右)>


仁王門をくぐって真っすぐ進んだ参道の中ほどに、
映画 「愛染かつら」 のロケが行われたという、朱塗りの 「愛染明王堂」 がありました。
さらに参道を真っすぐ進んだ突き当たりに、「波之利大黒天堂」 がありました。
波之利大黒天は、日光開山勝道上人が刻まれたものといいます。
<波之利大黒天堂(左)と愛染明王堂(右)>


六間四面の堂宇は、日光山輪王寺別院中禅寺です。
別名 「立木観音」 と呼ばれています。
ご本尊は、桂(カツラ)の立ち木を彫ったもので、身の丈約6mという 十一面千手観世音菩薩(重要文化財)です。
ご本尊の両脇には、広目天(西)と持国天(東)を従えています。
板東三十三所観音霊場第十八番札所でもある観音堂内では、団体で来られた巡礼者がお参りをしています。
<立木観世音堂>

堂内で説明を受けた後、巡礼者と共に 「五大堂」 へ上りました。
不動明王をご本尊として、五大明王が並んでいました。
「のうまく さぁまんだぁ ばらさらだぁ
せんだん まぁかろしゃぁだあ そわたや
うんたらたぁ かんまん」 合掌
<五大堂外廊の素晴らしい景観>

帰宅後、五大明王について勉強しました。
不動明王、降三世明王(東)、大威徳明王(西)、軍荼利明王(南)、
金剛夜叉明王(北)です。 天台宗では、金剛夜叉明王に代わって鳥枢沙摩明王(北)ともいいます。
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中禅寺湖スカイラインを下って、再び歌ケ浜の立木観音前の駐車場に来ましたが、駐車場の空きがありません。
駐車場の片隅で待機し、空いた所を見つけて場所取りをし、やっとの思いで駐車して寺院を訪ねることができました。
朱塗りの仁王門の表面には阿形吽形の仁王像が、門をくぐった裏側には雷神・風神像が立っていました。
<吽形仁王像(左)阿形仁王像(中)鐘楼内の釣鐘(右)>



仁王門をくぐった直ぐの所に、鐘楼 「諸願成就の梵鐘」(おねがいのかね)があり、中に入って鐘を撞くことができます。
狭い急階段を上った二階で、「父母祖先有縁無縁供養ため」 心を込めて強く一打の鐘を撞きました。
家内と二つの 「おねがいのかね」 の音が、静かな朝の中禅寺湖畔に響き渡りました。
<諸願成就の梵鐘と仁王門>

鐘楼内の格子戸から外の景色を眺めることができます。
格子窓の間から中禅寺湖と観音堂裏の紅葉をカメラに収めました。
<朝の中禅寺湖(左)と観音堂裏の紅葉(右)>


立木観音堂まで、境内の途中には不動明王像や身代わりのこぶ、愛染堂などがありました。 つづく
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カーナビの付いた車に買い換えました。 さっそく、日光中禅寺湖へ紅葉狩りに出かけました。
立木観音前の駐車場は満杯でした。 近くの道路脇に車を止めて、朝の中禅寺湖に映る男体山を撮りました。
<紅葉の男体山 (午前7時59分撮影)>

駐車場には入れません。 諦めて先に中禅寺湖スカイラインを上って、第一駐車場の展望台に向かいました。
紅葉といえば、ここ中禅寺湖スカイライン第一駐車場の展望台から
眺める 「八丁出島」 の紅葉が最高です。
手前の岬が 「八丁出島」、真ん中の岬が 「小寺ケ崎」、小さな島が 「上野島」、その奥の岬が 「大日崎」 です。
ここ八丁出島の紅葉風景は、今は亡き二男(病死26歳)が、22歳の秋に紅葉狩りに来た思い出の場所です。
二男が訪ねた東松山の武蔵丘陵森林公園や長野県の美ケ原高原は、簡単に訪ねることができましたが、ここ中禅寺湖は探し当てるのに苦労しました。
その中禅寺湖を見下ろす展望台に立つ二男の写真も、今は遺影と
なって位牌と共に仏壇におさまっています。
<八丁出島の紅葉(午前8時15分撮影)>

今から15年前の平成6年7月24日に訪ねた時は、隣の 「半月山」 に登りました。
頂上は視界良好ということで登りましたが、季節が夏のことで樹木が茂って何も見えず、がっかりして下山したことを思い出しました。
また、上の第2駐車場にも行ってみましたが、第1駐車場のような景観は望めなかった記憶があります。
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川越祭りに参加できる山車は29台あるといいます。 そのうち今年の祭りに繰り出した山車は19台といいます。
祭りの2日目(18日)、市役所前の 「曳っかわせ」 に参加した山車は10台です。
<画像下左>
右側に川崎市の「猩々の山車」と仙波町の「仙波二郎の山車」、
左側に南通町の「一本柱万度型の山車」とその向こうに一台、
4台の山車がそろっての賑やかなお囃子の競演です。
<画像下右>
曳っかわせが終わって、市役所前に移する南通町の山車です。
<画像下左> 「仙波二郎の山車」 (仙波町)
<画像下中> 「鏡獅子の山車」 (新富町二丁目)
<画像下右> 「上覧囃子」 仲町通りを歩いて見たお囃子です。
<画像下左> 「菅原道眞の山車」 (新富町二丁目)
<画像下中> 「木花咲耶姫の山車」
(きのはなのさくやひめ ・岸町二丁目)
<画像下右> 「鈿女(うずめ)の山車」 (今成)



華やかな川越祭りと市内散策、新しい発見と楽しい思い出ができました。 できれば来年の川越祭りも訪ねてみたい気持ちです。 (完)
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