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2009年4月30日

児玉・長泉寺

ウオーキングをしていると、何処からともなく フジ の花の芳ばしい香りがしてきます。

フジも見ごろと思って、骨波田の藤(こつはたのふじ) で有名な、埼玉県児玉町の長泉寺を訪ねました。

ここは2月の初旬、児玉の さざえ堂 を訪ねたとき、道に迷って立ち寄ったお寺です。

・一対の金剛力士(密迹(みつしや)金剛)を安置する二王門
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山門をくぐると、正面に重層の仁王門がそびえています。 

フジの花見に合わせて仁王門がオープンしていました。 2階の扉が開いて、何人かの観光客が見えます。

仁王門をくぐった右手に階段があります。 その階段を上ると2階は「延命殿」となっていました。

延命地蔵尊像を正面にして左に聖観音立像、右に文殊菩薩立像が安置されていました。 いずれも等身大の大きさです。  

2階の回廊から、寺院境内の四周を眺めることができす。

その回廊から有名な骨波田の藤を眺めましたが、フジの鑑賞には少し早く残念な気持ちで眺めてきました。

仁王門の右手に、日本はがきの始まりと伝えられる タラヨウジュ(樹令約250年)の木があります。

タラヨウジュに緑色の花が咲いています。 初めて見るタラヨウジュの花に感動しながら花の写真をカメラに収めました。   つづく

・金剛力士(吽形)  ・金剛力士(阿形)  ・タラヨウジュの花
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2009年4月29日

わが家の庭(続)

一昨日の風であおられたボタンも、今日の穏やかな日差しに最後の美しさを見せています。

わが家の狭い築山には、マキをメーンにモミジ、ボタン、シャクヤク、キンモクセイ、ヒイラギナンテンなどがあります。

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玄関の前には、高さ3mほどのナツツバキが1本あります。 
その横に小さなゴヨウマツとナンテン、ハナズオウがあります。

以前、鳥の巣があったナツツバキはすっかり青葉となりました。 
これから白い花をたくさん付けますが、花のいのちが短くて、直ぐに散ってしまうのが残念です。

狭い庭の周りに、家内が育てるサクラソウが見ごろを迎えています。 
近所の人が、そのサクラソウを観に来ます。 花を育てる家内はそのことが楽しみのようです。

サクラソウの脇には、夏をつげるユリとホタルブクロが芽生えています。 わが家の庭もしばらくの間、花を眺める楽しみが続きます。

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2009年4月28日

わが家の庭

狭くて小さなわが家の庭にも春が来て、次々と花が咲いて新緑の候を迎えています。

早春に フクジュソウ、続いて スイセン、クリスマスロズ、ヒイラギナンテン などが咲きました。

・昨日の強風にあおられて弱り気味なボタン
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今は ハナズオウが咲き終わるところで、赤・白・ピンクのサクラソウが華やかに咲いています。

サクラソウは、4月21日の誕生花といいます。
花言葉に 「少年時代の希望」、「青春」 があります。

青春といえば、サミニエル・ウルマンの 「青春とは・・・・」 があります。 還暦を過ぎたころ、よく口にしていたものです。

年を重ねただけで人は老いない。・・・・」、せっかくの機会です。
改めて読み返してみたいと思っています。 book

・ハナズオウ             ・サクラソウ 「青春」
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2009年4月27日

神流川水辺公園

桜山公園からの帰り道、神流川に架かる上武橋を渡って埼玉県神川町の神流川水辺公園を訪ねました。

ここで、コンビニエンスストアで買ってきたおにぎりを広げて、川面に映る鯉のぼりを眺めながらおにぎりをほおばりました。

・新緑と清流・鯉のぼり眺めながらおにぎりをほおばる
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水辺公園の入り口に、「渡戸の渡し」の案内が出ていました。

「川を渡る所を 〈わたるせ〉〈わたらせ〉 そして〈わたせ〉などという。

ここは〈○○の渡戸〉 といいますが、対岸の鬼石町の小字名も渡戸といいます。」  (大事な部分「○○」の文字が解りません。)

「この渡しは、秩父や長野県との人馬の交通や荷物を運ぶのに大切な渡しで、明治時代には秩父の 「まゆ」を群馬県富岡の製糸工場に運ぶのに使われました。」 と、記されていました。

・馬頭観音         ・石経塔      ・老婆に似る姥石様
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「渡戸の渡」 案内の横に、石塔が三つ並んでいました。

姥石様・石経塔・馬頭観音 (並び順は右から)

「渡戸の渡し場の坂を上がった右側に、姥石様と石経塔そして馬頭観音が祀ってありました。」

「姥石は黒色の自然石で、高さ85cm、下幅75cmの おばあさんが座っているように見えるので姥石といいます。」

「風邪などの流行病(はやりやまい)にかかった時に拝むと早く治るという言い伝えがあってお参りをした。」 と、案内に記されていました。

清らかな水が流れる神流川の水辺公園を見て回り、整備された庭園や思いがけない姥石様を眺めながら午後のひと時を過ごしました。

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2009年4月26日

新緑の桜山公園

山菜採りが終わっての帰り道、せっかく近くに来たのだからと、桜が2度咲くことで有名な旧鬼石町の桜山公園を訪ねました。

・第2駐車場から登った南斜面階段の中程ほどで撮った新緑
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第1駐車場の上にある、日本庭園のしだれ桜は終わっていました。

しかし、近くの山のヤマザクラやミツバツジが新緑に映えて、美しい山の自然が見えてきます。 

ここは何度となく来ていますが、日本庭園の一角に「宇宙ツツジ」が植えられていたことに気がつきませんでした。

宇宙ツツジの横に「認定書」が立っています。 
「館林出身の女性宇宙飛行士、向井千秋さんとともに宇宙を旅した種から育った宇宙ツツジである。」 旨のことが記されていました。

ツツジはまだ赤い蕾でした。 赤い色の花と思いますが、どんな花を咲かせるのか一度見てみたいものです。

・蕾の宇宙ツツジ       ・色鮮やかなミツバツツジ
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2009年4月25日

山菜採り

鶯が啼きヤマツツジが咲く新緑の山へワラビ採りに行ってきました。

南向きの斜面に、ゼンマイのふけた一株が見えます。

ワラビも大きくなり過ぎて三叉のものが見えます。 他の人が採りに入った形跡があります。 

・斜面で一息入れるため腰を伸ばして見つけたヤマツツジ
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場所を変えて隣の南向きの山に向いました。 
途中、イカリソウを見つけたのでカメラを向けたところ、足を滑らせてピンボケです。

半日陰の場所でゼンマイの一株を見つけました。 少し大きくなり過ぎているようですがカメラに収めてきました。

近くにワラビも出ていました。 急斜面を上下しながら約2時間ほどのワラビ採りでしたが、収穫はまずまずでした。

今朝、ラジオ体操の仲間におすそわけができたことを喜んでいます。

・イカリソウ         ・ゼンマイ        ・ワラビ
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2009年4月24日

サクラ日誌

桜前線も青森から海を渡って北海道へと渡ったようです。 いま当地ではハナミスキと八重桜が見ごろを迎えています。

今年のサクラは終わりました。 しかし来年の花見の参考とするためブログに 「サクラ日誌」 として書き残しておきます。

4月10日(金)晴れ、
サイクリングでマイウオーキングコースを西南に向かって走る。
およそ800m先の天台宗禅養寺のソメイヨシノは満開です。

訪ねた時が午後3時過ぎ、太陽が西に回ったため六地蔵尊が並ぶ画像の左画面が少し暗くなった。

・サクラが満開の宗禅養寺    ・春祭りを待つ日枝神社
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禅養寺の直ぐ西の日枝神社の境内に咲くソメイヨシノも満開だ。

4月15日は日枝神社の春の例祭、はためく幟旗がお祭りを催促しているように思えた。

サイクリングを北にコースを変えて、天川大島町沿いに流れる広瀬川を上流に向かって走る。

・朝倉町四丁目の川沿いに咲く満開のソメイヨシノ010
2㎞ほど北に走ると、川向うの朝倉町のソメイヨシノも満開だ。

紅白の提灯も下がり、花見の準備はOKのようだ。
今日ははなの金曜日、夕方になれば川沿いも花見で賑やかになるだろうと、想像たくましくしながら家路に着いた。

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2009年4月23日

佐渡島

佐渡島に住んでいたころは4月1日が島開き、15日がお祭り、20日前後にお花見、27日が河原田祭りと続きました。

    鬼太鼓 鬼躍り出て 島開き   昭一

日本海に浮かぶ佐渡島は、これからが本格的な観光シーズンです。

7年前に古希祝いの同級会で帰省しました。 季節は6月の上旬、外海府の大野亀ではトビシマカンゾウの花が咲き乱れていました。

同級会の閉会の辞で、「次は喜寿祝いで集まろう!」 と言って別れましたが今年がその年です。 楽しい便りを待っています。

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2009年1月、佐渡ふるさと大使を拝命して4ヶ月になります。

昨日、佐渡市役所から佐渡島の観光マップ、パンフレット、イベント案内、佐渡のコシヒカり が送られてきました。 
トキと共生する佐渡島のPRを、大いにしなければと思っています。

これまで、職場の友達やバドミントン、マラソン、スイミングの仲間を連れて何度となく佐渡を訪ねました。

4月の真野桜マラソンでは、女性友達が入賞しました。 
6月のトビシマカンゾウ祭りの前夜祭では、大野亀の台地から沖の漁火を眺めた光景は、生涯忘れることができない思い出です。

ところでNHKの大河ドラマ 「天地人」 の直江兼続が、佐渡と関わりがあったとはPR紙を貰うまで知りませんでした。 しかも生家近くの鶴子銀山とあって驚いています。
大河ドラマ 「天地人」 の鑑賞も、少し観る目が変わることでしょう。

終戦直後の少年時代でした。 
父に連れられて鶴子銀山の構内に入り、エレベータで下降したときの怖さと轟音は、今でも記憶に残っています。

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2009年4月22日

野山を歩く

山菜採りの家内を乗せ目的地に着きました。 ここで家内を降ろし、その後富士見村にある国立赤城青年の家に向いました。

赤城青年の家は、新入社員の研修で研修生を連れてきたことがある所です。 同青年の家は、関係者以外立ち入り禁止です。 

施設の回りを歩いてみようと富士見村総合運動公園に車を止めて、富士見村健康ウオーキング 「小萩沢公園コース」 を歩きました。

・自然学校の案内板       ・谷のキャンプ場
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初めての山道です。 歩いているうちに道に迷い、いつか国立赤城青年の家の 「谷のキャンプ場」(ウッドデッキ)に来ていました。

合宿で赤城青年の家に来ているのでしょうか、オリエンテーリング中の男子中学生7・8人のグループと出合います。

「こんにちは!」 と元気な声であいさつをしてくれます。 こちらも負けずに 「こんにちは!」 とあいさつを返しながら歩きます。

と、野山を歩いていてワラビを見つけました。 一つ二つと採っていくうちに十数本となり、初ものを味わいたいと持って帰りました。

その日の夕食、少量ですがワラビのお浸しをいただきながら、初ものの味を楽しませてもらいました。   happy01 smile

・キャンプ場内のモニュメント   ・帰り道で採ったワラビ
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2009年4月21日

敷島公園ばら園(続)

クロマツの林やボート池のある敷島公園内のばら園は、ヨーロッパ風の庭園に約7,000本のばらがあるといいます。

園内の西、前橋市蚕糸記念館から東に向って歩くと、郷土の詩人・萩原朔太郎の生家を移築した記念館が建っています。

・ばら園内にある板塀に囲まれた萩原朔太郎記念館
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記念館の入り口を入ると直ぐに庭園があり、その右手に移築された「書斎」、「離れ座敷」、「土蔵」が建っています。

書斎は、生家の裏庭にあった味噌蔵を改造したもので、机や椅子は朔太郎の特注品といい、「月に吠える」や「青猫」などの作品はここで書かれたといいます。

離れ座敷は、8畳の部屋と床の間、円窓があり、母屋と渡り廊下で結ばれていて、北原白秋や若山牧水などと歓談した所といいます。

土蔵は、前橋空襲の際に延焼をくい止めたのがこの土蔵で、朔太郎のノートや原稿などの資料が今に残るといいます。

土蔵内には、朔太郎の遺愛品や生涯、文学業績がたどれるように展示され、一般公開されています。

・書斎(左)と同離れ座敷(右)  ・前橋空襲を免れた土蔵
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朔太郎記念館の直ぐ前に、「帰郷」の詩碑 が建立されています。
                             朔太郎
  わが故郷に帰れる日  汽車は烈風の中を突き行けり
  ひとり車窓に目醒れば  汽笛は闇に吠え叫び
  火焔は平野を明るくせり  まだ上州の山は見えずや   

朔太郎が詠んだ 「帰郷」の碑文を書き写しながら、上州の詩を鑑賞させてもらいました。

その後、前橋ランナーズ時代にジョギングを楽しんだ、クロマツ林の中を一周して家路に着きました。 

・「帰郷」 の詩碑            ・ばら園横の池
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2009年4月20日

敷島公園ばら園

県ラジオ体操連盟の総会に出席しての帰り道、敷島公園ばら園に寄ってきました。

ばらの咲くシーズンではありません。 サボテン園から熱帯植物園と見て回りましたが、こちらも特に見るべきものはありませんでした。

・昨年の全国都市緑化ぐんまフェアで賑わった 「ばら園」
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花の少ない熱帯植物園で見つけた花ですが名前が分かりません。

帰宅後、花図鑑で調べてみたところ、ショウガ科の 「クルクマ」 ではないかと思います。
別名 「ウコン」、「ヒドンリリー」 とも呼ばれると記されていました。

・熱帯植物温室内          ・温室で見たクルマル?
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ばら園奥の西側に、明治末期の代表的な洋風建築の「前橋市蚕糸記念館」 があります。

第1展示室から第4展示室と、前橋の製糸業の歩みを見て回るうち、第2展示室にあった筵機(むしろはた)を見て、子どものころの懐かしい光景を思い出しました。

頭に手拭いをかぶり、昼は納屋の一角で筵織りをして、夜は裸電球の下で筵の縦糸となる縄をなっていた母の姿です。

少しばかりの畑仕事や藁仕事など、苦労しながら漁師の父を助け、大勢の子ども達を育ててきた明治生まれの母です。

その母も今から42年前、72歳でこの世を去っています。 今の私はとうにその齢を越えています。

第2展示室の筵機を見学し、改めてこれまでに育ててくれた父母の有り難さに感謝しているところです。 

・第2展示室にあった珍しい昔懐かしい筵機(むしろはた)
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2009年4月19日

嶺公園(霊園)

大胡ぐりーんふらわー牧場と嶺公園は500m程の距離にあります。

嶺公園(霊園)の湿地帯に咲く ミズバショウ が気になっていたので、回って見てきました。

3月の18日、墓参で訪ねた時に見た ミズバショウ は、一つか二つでした。 今回の訪問時は大きくなり過ぎていました。

・可憐なミズバショウ(左)と花が終わったミズバショウ(右)
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ミズバショウ(水芭蕉)は、5月3日、6月12日の誕生花です。

花言葉に、「変わらぬ美しさ」、「美しい思い出」 があります。

広い嶺公園(霊園)には、子ども広場や人工池、野鳥の観察小屋、湿地帯、遊歩道などがあります。

その遊歩道の雑木林で、可憐に咲く カタクリ の花を見つけました。

カタクリは、花株を増やすべく手入れをしているようでした。
公園(霊園)内に、また一つの名所ができることを願っています。 

・遊歩道の雑木林の一角に咲いていた可憐なカタクリ
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2009年4月18日

大胡ぐりーんふらわー牧場

連日25度を越す夏日が続いた桜前線は一気に進んで、アッという間に大胡ぐりーんふらわー牧場の桜も満開となりました。

高さ22m、直径18,8mの4枚羽のオランダ風の風車塔は、周りの桜に映えてますます高くそびえて見えます。

・大胡ぐりーんふらわー牧場のシンボル「オランダ風の風車」
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大胡ぐりーんふらわー牧場のシンボルでもある風車塔をカメラに収めて、牧場内の桜を観て回りました。

ぐりーん牧場には500本の桜があるといいます。 牧場の中央には展望塔があります。 その展望塔から眺める桜はまた絶景です。

ぐりーん牧場の直ぐ近くに人工の寺沢沼があります。 そこから流れる寺沢川に沿ってキャンプ場があります。

キャンプ場の近くに湿地帯があり、ミズバショウやリュウキンカが咲いています。 ミズバショウの鑑賞には少し遅かったようです。 

・湿地帯に咲く 「ミズバショウ」(左)と、「リュウキンカ」(右)
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2009年4月17日

お祭り広場

祭り半纏を着た大人が笛を吹き、山車の上の子供たちは威勢良く祭り囃子の太鼓を打って、お祭り気分を盛り上げています。

お祭り広場では、「みどりの募金苗木の配布」、「農特産品・加工品の販売」、「露天」、「ミニSL」 などが行われています。

一方、特設ステージ前では フラダンスやフォークダンス、舞踊、抜刀術、南京玉すだれ、歌謡ショーなどがあります。

中でも目玉となるのが 「由美かおるトークショー」 です。 しかし、午後からの予定もあるので露天で甘酒のサービスを受けてお祭り広場を発ちました。

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お祭り広場から駐車場へ向う途中に、勘定奉行の役宅跡という江戸時代の武家屋敷 「高橋家」 があります。

家の入り口と母屋の上に、しめ縄にヒイラギの葉などを付けた、魔除けのような飾りがありました。
どんな意味あいがあるのでしょうか?  知りたいところです。

064061 <左:入り口用、上:母屋用>

高橋家の庭園に回って見ると、
庭の中心に 「」 の字を型どった 「左心字」 の池がありました。 

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 ・心の点として置かれた「富士の浮石」は、池に映る姿は富士山を型どっています。
 ・同じ心の点として造られた浮島には、四季の花が咲きます。
 ・「蓮采の滝」 は、わずか10㎝足らずの滝ですが 音がよく反響し、さわやかな音が人の心を和ませてくれます。
と 案内に出ていました。

どんな音色か聴いてみたくなりました。 また、庭園の観察や撮影をしっかりして来ればよかったと反省しています。

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2009年4月16日

城下町小幡さくら祭り(続)

武者行列の特別ゲストに、水戸黄門などで人気の由美かおるさんが参加しています。

総勢200人という武者行列は、国指定名勝の 「楽山園」 で出陣式を済ませ、午前10時、粛々と楽山園を出発しました。

騎上の大将、少年鉄砲隊、少年槍隊、ほら貝隊、鉄砲隊、総大将、少女隊、姫と侍女、女武者、鎧武者、薙刀隊等々が続きます。

<画像下>・騎上の大将(左)と初々しい少年槍隊(右)
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楽山園を出発した武者行列の一行は、武家屋敷から桜並木を練り歩き、八幡神社で祈願祭を済ませた後はお祭り広場へと向います。

<画像下>・ニュージランドからの槍隊(左)と姫と侍女(右)
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武者行列が着いたお祭広場では、午後から凱旋式が行われます。

続いて火縄銃実演、殺陣演技、和太鼓演奏、抜刀術などのアトラクションが行われます。

桜は満開、最後まで見たかったのですが午後の予定もあり、お祭り広場を回って見て帰ることにしました。        つづく

<画像下>・沿道の声にこたえる特別ゲスト由美かおるさん
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2009年4月15日

城下町小幡さくら祭り

群馬県甘楽町は今年が町制50周年といいます。 桜が満開です。 

町制50周年記念の 第25回 城下町小幡さくら祭り が開催され、イベントの一つ 武者行列 を今年も見に行ってきました。 cherryblossom

・武者行列のポスター  ・出番を待つ鎧武者との記念撮影
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その武者行列の一行に、今年もニュージランドからの参加者が大勢いました。 

聞くところによると、一昨年の武者行列にも参加したといいます。

家内との記念撮影をお願いしたところ、快く引き受けてくれました。
 
・槍隊の女子高生と記念撮影    ・槍隊の男子高校生
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集合場所である会場に回ってみると、衣装を身に付けた鉄砲隊、槍隊、薙刀隊、鎧武者、姫君などが出番を待っていました。

身にまとった衣装で記念撮影をするもの、モデルとして頼まれるものなど、れぞれに出番前のひとときを楽しんでいました。

この間、特に人気があったのが 水戸黄門一行 に扮した3人でした。 
記念撮影とブログ掲載のOKを貰ってカメラに収まりました。 つづく

・出揃った鎧武者の一行     ・人気があった水戸黄門
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2009年4月14日

玉村東部運動公園(続)

116本のサクラが満開という玉村東部運動公園は、向って左側にサイクリングロードが走り、右側に利根川が流れています。

運動公園内にも一周約1kmのウオーキングコースがあります。

・玉村東部運動公園内ウオーキングコース周辺に咲くサクラ
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運動公園内のウオーキングコースを歩きながら、周辺に咲く満開のサクラを観て回りました。

その後、サイクリングロードに出て五料橋に向かって歩きました。

およそ500m先の五料橋近くに天台宗至徳山常楽寺があります。

昨年の夏、サイクリングで日光例幣使街道を訪ねた時に寄りました。

その時、境内にサクラのあるのを知り、春にはサクラを観に来たいと思っていたことが実現したのです。

山門をくぐった、本堂前の境内に咲く2本のサクラは満開でした。

・至徳山常楽寺山門          ・本堂前に咲くサクラ
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ここ常楽寺には、室町時代の作といわれる弘法大師坐像、山門前の二十二夜待供養塔(如意輪観音坐像丸彫り)が有名です。

ウオーキングもここから引き返して運動公園に戻りました。 昼食は持参のおにぎりを食べて一時横になりました。

その後、B&G玉村海洋センターの温水プールでスイミング。 泳いだあとの帰り道、玉村八幡宮 に回ってみました。

ここの桜も満開で、華やかな拝殿や本殿に彩りを添えていました。

・玉村八幡宮の拝殿          ・見事な拝殿の彫刻
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2009年4月13日

玉村東部運動公園

午後からのスイミングを午前中に出かけ、その途中にある玉村東部運動公園の桜を観に行きました。

東部運動公園には、すでに幼稚園児が来て遊具広場で賑やかに楽しそうに遊んでいました。 

・116本の桜が満開となった玉村東部運動公園
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運動公園には小さな子供たちが遊べる遊具やサッカー場、ウオーキングコースやバーベキューができる施設があります。

また、横を流れる利根川沿いにはサイクリングコースもあります。

桜の木一本一本に登録ナンバーが付いていました。 歩きながら数えてみたら116本です。
また、桜の木も比較的若木で、花の付きがよく輝いて見えました。

東部運動公園の桜を観て回ったあとは、サイクリングコースを御料橋に向かって歩きました。               つづく

・園児が去って静かな遊具場      ・遊具を通して見る桜
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2009年4月12日

サクラと芝桜

連日夏日が続いています。 4月8日、二人の息子を育て上げてきた第二の古里、高崎市箕郷町のふれあい公園を訪ねました。 

ふれあい公園は、相馬ヶ原の南麓を源とする一条の渓流榛名白川沿いに広がる静かな公園です。

・榛名白川沿いに広がる 「みさとふるさと公のサクラ」
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3月の 「みさと梅まつり」 では、「古城・梅の里マラソン会場」 でもある公園です。

公園の周回には、100本を超えるサクラがあり満開でした。
また、コヒガンザクラでしょうか、花が小粒で色合いが赤みがかったサクラの木も見事に咲いていました。

公園の一角で咲き始めたシダレザクラも見事です。 訪れる人の心を和ませてくれます。

公園内のサクラを観賞したあとは、芝桜で有名な 「みさと芝桜公園」 を訪ねました。

芝桜の鑑賞には少し早かったようです。 従って入場料の徴収もありませんでした。

みさと芝桜公園まつりは、4月上旬 ~ 5月上旬といいます。
花見シーズンともなれば、さぞ大勢の人で賑わうことでしょう!

・公園内のしだれ桜       ・菜の花と芝桜公園
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2009年4月11日

上野恩賜公園(続)

上野公園には、歴史を教えてくれるスポットがたくさんあります。

不忍池弁天堂から上野東照宮に向かいました。途中、五條天神社花園稲荷神社に立ち寄り参拝を済ませました。

・花園稲荷神社           ・五條天・稲荷神社の参道
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徳川家康、吉宗、慶喜公を祀る上野東照宮は、寛永4年(1627)に造営されたものといいます。

訪れた時の東照宮は改修工事中で、本宮全体が足場作りの囲いがしてありました。

唐門 (唐破風造り四脚門・国宝)の前で参拝を済ませました。

・工事中の 「上野東照宮」
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唐門前の 「案内」 によれば、
「日本に一つしかない金箔の唐門である。扉には梅に亀甲の透彫、門柱には左甚五郎作昇竜(右)降竜の高彫、門の側面左右上部の松竹梅に錦鶏の彫刻など非常に精巧を極めたものである。」
と記されていました。

日光東照宮の唐門は、紫檀と黒檀を使った黒っぽい感じの唐門に対し、ここの唐門は華やかな色合いです。

左甚五郎作という唐門(国宝)を、じっくり観賞させてもらいました。

・唐門(唐破風造り四脚門)   ・唐門前のおみくじと銅灯籠
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唐門の前には大名から贈られた銅灯籠石灯籠が並んでいます。
ここでも 「お化灯籠」 があったのですが見逃してきました。
 
また、見学しようと思っていた旧寛永寺の五重塔が観られず、残念な思いで上野恩賜公園を発ちました。

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2009年4月10日

上野恩賜公園

昭和61年(1986)5月、前橋ランナーズの仲間と「第15回全国OB駅伝大会」 に参加したことがあります。

駅伝大会で皇居内濠周回コース(一周約5km)を走った後、仲間と上野公園を散策したとき以来で23年振りです。

・懐かしい西郷銅像     ・場所取りで賑わう上野公園
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それ以前といえば長男が3歳のとき、新潟県上越市(旧高田市)から2泊3日で東京見物に来たことがあります。

第1日目は 「はとバス」 で市内観光を、翌日は日光見物をして3日目は長男を連れて上野動物園を訪ねたことがあります。

それも36年前のことです。 今は何も記憶に残っていません。

上野の桜は五分咲きでした。 公園のシンボル西郷さんの銅像前に立ってみると、何となく昔を思い出して懐かしくなりました。

その後、京都の清水寺を模して建立したという、清水観音堂をお参りし、続いて不忍池の中央に浮かぶ弁天堂に向かいました。

ここ弁天堂前も露天が並び、大勢の人で賑わっていました。

綺麗な水の池を想像してきましたが、池は何となく汚れているように見えました。 蓮の花が咲き誇るき不忍池を見てみたいものです。

・清水観音堂(重要文化財)    ・露店で賑わう弁天堂前
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2009年4月 9日

千鳥ヶ淵の桜

靖国神社の参拝を済ませて、東京桜の名所千鳥ヶ淵の桜見物に回りました。 結論をいえば、千鳥ヶ淵の桜は三分咲きでした。

・千鳥ヶ淵の入り口         ・桜の枝が水面に届く?
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今回の旅行日を決める際に、桜の開花時期に合わせようとして迷いました。

昨年は3月29日に隅田川の桜を観に行きました。 そのとき桜が満開だったことを思い出して今回の旅行日を4月1日に決めました。

しかし、今年の桜は昨年から見ると4・5日は遅れているようです。

大勢の観光客に交じって、名所といわれる千鳥ヶ淵の三分咲きの桜並木を歩いて観て回りました。

・お堀の土手を埋め尽くす桜   ・ボートと三分咲きの桜
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お堀の水面まで伸びた桜、遊歩道を歩いて眺める人、お堀でボートから眺める人まで桜見物はいろいろでした。

「遊歩道は左側通行でお願いします。」 との係員のお願いを聞きながら北の丸公園に向かいました。

田安門の入り口から眺めたお堀の土手の桜が、唯一綺麗に咲いて観えました。

    ・国の指定重要文化財という 「田安門」(表側)
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2009年4月 8日

靖国神社(続)

青銅製の鳥居では大きさが日本一という第二鳥居は、明治20年(1887)に建てられたものといいます。

その第二鳥居をくぐると、菊のご紋が付いた「神門」に着きました。

昭和9年(1934)に建てられたという神門は、中央二つの扉に大きな菊花の紋章が付いています。 直径1,5mといいます。

・右扉の菊花の紋章        ・靖国神社の拝殿
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神門を抜けて中門鳥居(埼玉県産の檜造)くぐると、明治4年(1901)建立の拝殿があります。

粛々と拝殿の前に進み、246万6千余柱の御霊に対し、心を鎮めて二礼、二柏、一礼の参拝を済ませました。

・神社境内の桜案内          ・桜開花の標本木
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靖国神社の境内には、600本の 「靖国の桜」 があるといいます。

この度の桜の名所めぐりの数日前、「東京の桜が開花しました。」 というテレビニュースを観ました。

ここ靖国神社の境内に、その桜開花を観測する気象庁の標準木があることも聞いてきました。

境内ではイベントの会場造りが行われていました。 近くにいた人に標準木を聞いてカメラに収めてきました。

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2009年4月 7日

靖国神社

北の丸公園の日本武道館前から「田安門」を抜けて、九段坂を右に靖国神社の大鳥居を見ながら市ヶ谷方面に向かって歩きました。

・国の重要文化財に指定されている 「田安門」(公園側より)
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九段坂通りは靖国神社の石鳥居前の信号を渡って、大村益次郎の銅像が建つ神社の参道に出ました。

日本陸軍の創設者といわれる大村益次郎は、靖国神社の創立にも尽力されたと聞いています。 

また、太いまゆげの大村益次郎像は、西洋銅像では日本最初のものであることを知りました。

参道の両側では市が開催されていました。 草花の奇麗な植木市をカメラに収めてきました。

・大村益次郎の銅像     ・参道に並んだ花木市
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市場を過ぎると、靖国神社の「第二鳥居」が見え、その奥に厳粛な 「神門」、さらにその奥に 「拝殿」が見えてきました。

ここ靖国神社には、ビルマのインパール作戦に参加した14歳年上の兄の御霊が合祀されています。 

2007年12月、ミャンマー (ビルマ)旅行を計画した際、靖国神社に「祭神調査」をお願いしたところ、次のような回答がありました。 

御祭神調査の件(回答)
(氏  名) 命
 1. 階 級: 陸軍1等兵      2. 所属部隊: 森10352部隊
 3. 死没年月日: 昭和19年3月23日 . 死没場所: 印度方面
 5・6. (本籍 ・遺族略) 7. 合祀年月日: 昭和24年10月17日

2007年の9月、ミャンマーでは大きなデモがありました。 催行予定だったミャンマー旅行は渡航禁止で中止となりました。

今回の東京日帰り旅行は、その結果報告を兼ねての靖国神社参拝でした。               つづく

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2009年4月 6日

増上寺散策(続)

昭和33年(1958)10月竣工、高さ332,6mという東京タワーを背に安国殿が建っています。 
安国殿の東側を通って裏手に回ると、徳川家の墓所に出ました。

・東京タワーと安国殿    ・徳川家墓所前の石灯塔籠   
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墓所には徳川十五代将軍のうち、六代将軍(2代秀忠公、6代家宣公、7代家継公、9代家重公、12代家慶公、14代家重公)が眠るといいます。

また、昨年のNHK大河ドラマで人気のあった篤姫(綱吉の母お玉)こと桂昌院も眠ると聞いています。

また、石灯籠の横には、固く閉ざされた 「鋳抜門」 があります。 
鋳抜門といえば昨年5月、百物揃千人行列 で訪ねた日光東照宮が有名です。

鋳抜門の隙間から中を覗いて見しましたがよく見えません。 
鋳抜門の前に並ぶ 「四菩薩像」の後ろを通って坂の上から中を見させてもらいました。

・墓所の中の石塔と石灯籠   ・墓所の前に並ぶ四菩薩像
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四菩薩像
左から ・文殊菩薩(卯年守本尊) ・虚空蔵菩薩(丑寅年守本尊)
     ・地蔵菩薩(子年守本尊) ・普 賢 菩 薩(辰年守本尊)
 
「もとはこの場所の北西、地蔵山に安置されていた。 西向きの観音像に対し東向きであった。」
「正嘉2年(1256)の作と伝えられている。」 と案内に出ていました。

増上寺の広い境内には、まだ見学したい文化財がたくさんあります。
桜見物では見学時間が短く、残念な思いで増上寺を発ちました。

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2009年4月 5日

増上寺散策

築地場外市場の散策を終えて、芝増上寺に向かいました。

「ぐるり東京三大桜の名所めぐり」 でしたが、桜は三分咲きと言ったところでしょうか。 増上寺の花見は諦めて境内を見て回りました。

・昭和49年(1974)に再建、御本尊を安置する「大殿」
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浄土宗七大本山のひとつで、徳川家の菩提寺であるという 増上寺は初めての訪問です。

「むさぼり、いかり、おろかさ」 の三つの煩悩を解脱するといわれる 「三解脱門」 に向かいました。

ガイドブックや写真などでよく見かける大きな門です。 先の東京マラソンのコースでもあった所です。

信号を渡って三解脱門にカメラを向けましたが、門が大きいのと交通量が激しくて、上手く撮ることができませんでした。 

東京タワーは今から32年前、二男(故人)が小学校6年生のときに連れてきた所です。 増上寺の境内から懐かしく眺めました。

聞くところによると新しいタワーが、平成11年ころ墨田区の方にできると聞きました。 隅田川の花見を兼ねて訪ねたいものです。

境内の東側に子供の無事成長と健康を願って、昭和50年から順次奉安されたという 「千体子育地蔵尊」 が並んでいました。 

ここには子育てや安産に霊験あらたかな西向観音がある所です。 
地蔵尊の前の小さな風車が、くるくると回っていました。  つづく

・桜と東京タワー遠望   ・千体子育地蔵尊(西向観音)
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2009年4月 4日

築地場外市場散策

読売旅行の 「ぐるり東京三大桜の名所めぐり」 に参加しました。

前橋を早朝に発って、最初の見学が昼食を兼ねた築地場外市場の散策です。

バスの中で添乗員が、「テリー伊藤の玉子焼が人気です。」 と教えてくれました。 見れば店はバスが止まった直ぐの所です。

・観光客に人気があった 「テリー伊藤の玉子焼」 の店頭
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観光バスの客が一度に訪ねた店頭は、大勢の買い物客であふれています。 早々とお土産を買って市場内の散策に出かけました。

築地場外市場は、一昨年の秋に一度訪ねています。 
市場内を一通り見て回ったあと、晴海通りを渡って築地本願寺の参詣に向いました。

インド建築様式のモダンな寺院は、ご本尊阿弥陀如来様を参詣して本堂内の掲示物を拝観後、再び市場内に戻りました。

・インド建築様式の浄土真宗本願寺派 本願寺築地別院
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新大橋通りを歩いていると、店内でインタビューを受けている所がありました。 内容は分かりませんが、通る人がカメラを向けていたので、野次馬根性で私もカメラを向けて撮ってきました。

その直ぐ側で、美味しそうに中華らーめんの立ち食いをしていたの見て、私たちも注文しました。

中華ラーメンは細めの麺に具だくさんです。 歩いてのどが渇いていたのでしょうか、本当に美味しくいただきました。 

店の人にお礼を述べて店内をカメラに収めてきました。 次に機会があったら、また立ち食いしようと思っています。

・店内でのインタビュー風景     ・中華そば店 「若葉」
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2009年4月 3日

吉井・仁叟寺(続々)

室町時代の1522年に創建された曹洞宗仁叟寺の境内は、1万坪の中に25の諸堂塔が整備されているといます。

薬師堂でお参りを済ませ、その後 坂の途中にある願掛け穴不動をお参りして、一段高い所の文殊堂に向かいました。

文殊l堂の手前に来て、十二支の面白い絵柄を焼いた寿瓦に出会いました。 その中から私と家内の寿瓦をカメラに収めてきました。

・十二支 「申」 の寿瓦       ・十二支 「亥」 の寿瓦
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一段高い文殊堂の舞台からは、近隣の街並や正面に県の天然記念物 「カヤ」、遠くは浅間山が望めます。

文殊堂の案内によれば、
「ご本尊文殊菩薩は、中国山西省の仏教聖地五台山顕通寺銅殿より、友好姉妹都市寺院締結調印にあたり、ご分身をお迎えした菩薩である。」 といいます。
 
  やまたかき み寺のうちに あるほどに
           われもしばし ほとけなりけり  仁叟寺

文殊堂の下には春の暖かい日差しを受けて、日本一といわれている十三重大石宝塔がそびえていました。 

話によれば、2月3日の 「大節分会」 は大変賑わうと聞きました。

・日本一の十三重塔(手前)と薬師堂(左奥)と文殊堂(右奥)
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2009年4月 2日

吉井・仁叟寺(続)

武家風の総門をくぐった左手に、白山妙理大権現を祀る社がありました。 初めて聞く大権現様の名前です。 社前の案内を読んで納得しました。 

・白山妙理大権現       
11_3 「寺域を守護する龍神といいます。 曹洞宗の開祖道元禅師が宋から帰朝される折、乗っていた舟を守った。 また、帰国前夜に、この権現が手伝い 『碧巌録』 の筆写を一夜のうちに全てを書き写しされた。」 と記されていました。
・鐘楼堂
13 鐘楼堂は吉井町指定重要文化財です。
 「天保3年(1983)12世白岸覧虎代」
 「袴ごし付鐘楼で、梵鐘も創建時に鋳造されたもので、300年以上の昔より時を告げて、平安を願う心を響かせてきた。」
 「嘉永5年、昭和53年に改修、平成13年に新梵鐘を新しく鋳造して奉納した。」
 「古梵鐘は本堂内に永久保存されている。」 と記されていました。
・薬師堂
15_2 「本尊の薬師如来は、当寺歴代住職の護持仏として守り伝えられてきた、願力すぐれた「黒薬師」である。」
 「本尊の両脇には日光・月光菩薩がまつられ、内陣左の薬師石仏坐像は鎌倉時代の作で、吉井町の重要文化財に指定されている。」 と記されていました。

・願掛け穴不動
17 「昔から竹林の中に洞穴があり、寺の東を護っていた。」  
 「この洞窟には、小不動明王が祭られており大願を決意し百度のお参りを修行することにより無事大願成就すると伝えられている。」 といいます。
 広い仁叟寺の境内のあちこちには、観るものがたくさんあります。
 また、それぞれ案内が出ていますので、鑑賞する上で理解し易く助かります。          つづく

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2009年4月 1日

吉井・仁叟寺

小串カタクリの里から回り道をして、曹洞宗天祐山公田院仁叟寺を訪ねました。

山麓に建つ寺院には、黒ずんだ武家門を思わせる総門とその奥に大きな山門が建っていました。 文化財案内によれば、

・総門(町指定重要文化財) ・山門 (町指定重要文化財)
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総門
「寛文3年(1663)11世眼国相朔代
表参道に建ち江戸期の武家門の面影を留め、切妻欅造りの簡素にして堅固な門である。」

山門
「宝暦11年(1761)18世祐峯智貫代
入母屋二階欅造り、上層内部には金剛力士像、五百羅漢を安置する。 重厚にして個性的な欅門は、威風を表し寺域に趣を添え訪れる人々に心の準備を促している。」

総門から山門をくぐって本堂前に進むと、樹齢500年以上というカヤの木がありました。

・仁叟寺本堂とカヤ (群馬県指定天然記念物)
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仁叟寺のカヤ
「当山の御開山直翁裔正禅師手植えのカヤと称せられ、それ以来天宮守護神の休み木として尊崇され、本寺の御神木として大切に保管されて今日に至る。」 と記されています。

カヤは高さ21,2m、周囲4,8m、根元回り10m、枝張り 東西16m、南北18,9m といいます。

広い境内には、いろいろな建造物が建ち並んでいます。 つづく 

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