« 菜の花・他 | トップページ | 養蚕農家群散策 »

2017年3月30日

田島弥平旧宅

昨年は島村渡船が欠航でした。
今年もまた欠航でしたが、利根川に架かる上武大橋を渡って、国指定史跡 「田島弥平旧宅」 を訪ねました。
瓦葺の屋根に櫓(やぐら)と呼ぶ換気のための窓を設けたのが特徴で、養蚕農家の原型として全国に広まったものです。
<田島弥平旧宅>
015_2

015_3

大勢の従業員の生活を賄うための井戸は、利根川の洪水を避けるため石積みの上に築かれて居ます。
<旧宅の右手前にある井戸>
023

023_2

桑の収納と加工を行った建物です。
今回の訪問では、ここ1階の土間でビデオを観賞しました。
<桑 場>
026

026_2

桑場に展示されていた、田島弥平氏の略年表です。
この肖像画はイタリア訪問をした時に描かれたものと聞きました。
<田島弥平 「略年表」>
020_620x800

田島弥平氏は、蚕種(さんしゅ)「蚕のたまご」 を売って財を成したものと聞いて知りました。
<蚕種の画像>
018

香月楼は、瓦葺の2階建て寄棟造り総たぐらの蚕室だった所で、床下には蚕種保存のコンクリート製の冷蔵庫が残されている。
<香月楼跡・別荘>
027

028_800x546

この後は、田島弥平旧宅の周りにある養蚕農家群を観て回りました。

|

« 菜の花・他 | トップページ | 養蚕農家群散策 »

ぐんま・県央エリア」カテゴリの記事

コメント

>ちごゆり嘉子さんへ
旧家は養蚕業をされて居ましたか。
私は佐渡島の漁師の子でした。 
今では海なし県でちょっと寂しい気持ちですね。
群馬に来て最初の住宅は桑畑の中でした。
その養蚕業も時代の流れで少なくなりましたね。

投稿: つちや | 2017年3月30日 14:34

>hurugaoさんへ
群馬県に転勤して養蚕業の大変さを知りました。
その養蚕業もすっかりなくなりましたね。
以前住んで居た住宅は桑畑の中に在りました。
今はその家も取り壊して土地税だけ払っています。

投稿: つちや | 2017年3月30日 14:30

>山小屋さんへ
群馬に来て最初に建てた高崎市箕郷町の住宅は
桑畑の中にありました。
今は家も壊して空き地で土地税だけ払って居ます。
蚕を育てるのは大変な作業ですね。
佐渡ヶ島の漁師の子では無理ですね。(笑) 

投稿: つちや | 2017年3月30日 14:26

間口13.5は大きな建屋です。 二階建てでしたか!

今は桑の実を知らない子達ですが、わたしの嫁ぎ先も、
床下は大きな掘りごたつがあり、天井には、大きな梁が
わたしてある・・養蚕家でした。

親の代で・・桑園を手放して、義父もわたしの夫も、
公務員でした。

投稿: ちごゆり嘉子 | 2017年3月30日 10:18

養蚕を子供の頃に見た事があります。

ずいぶん立派なお宅ですね。
養蚕農家群と言われるくらい多かったのですね。
今年のお祭は桜のないお花見になりそうです。

投稿: hirugao | 2017年3月30日 09:19

群馬は養蚕業が盛んなところだと
子供の頃の教科書に書いてありました。
その後、車で走ると桑畑がたくさんありました。
ここはその養蚕業で財をなしたところですね。
最近、絹糸も見直されてきているようです。
つちやさんも今から養蚕業を始めたら如何ですか?

投稿: 山小屋 | 2017年3月30日 07:03

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 菜の花・他 | トップページ | 養蚕農家群散策 »