旅-佐渡島

2017年10月17日

金北山

10月5日、70年振りに佐渡島の最高峰 「金北山」 に登りました。
(初めての登山は、中学3年生の秋(1947(S22)10月8日です。)

マイカーでの登山です。
妙見山から金北山までは、航空自衛隊佐渡分屯基地の通行許可が必要です。
カミさんの甥が事前に手続きを済ませていたので、当日は分屯基地へ寄って若い隊員さんを伴っての登山です。

分屯基地正門横の壁に描かれて居たトキの絵です。

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昨日の朝、トキを観たことを思い出しながらカメラを向けました。

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隊舎から非番でしょうか、若い隊員さん二人が出て来ました。
前の甥の車に一人、後方の私の車に一人が分乗して出発です。

大佐渡スカイライン 「交流センター白雲台」 を通り過ぎた所で、右道路に入った前の車の隊員さんが車から下りて、交通止めのバリケードを開けてくれました。
後は防衛道路を一路、金北山の頂上に向って車を馳せました。

着いた所が金北山の頂上よりやや下の駐車場です。
駐車場の直ぐ横には、金北山神社の狛犬が控えて居ました。

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駐車場に隊員さんを残して、甥夫妻、カミさんの妹夫妻、私どもを含めて6人が頂上の金北山神社へ。
坂道を登ること数十㍍、本殿の手前で立ち止まった所で、一息入れながら先ずは1枚、国仲平野から真野湾方向を撮りました。

真ん中に見えるのが佐和田ダムです。
マラソンを走っていた頃、夏の帰省時にこの佐和田ダムまで走って来たことが有ります。
   ダムを背に 真野の入り江へ 蝉しぐれ   昭一
往時、佐和田ダムで詠んだ駄句の一つです。

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参拝後、80ウン歳にして初めて登ったカミさんと、「金北山」 の木札を持って記念撮影です。

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社殿前に立って、先ほど通過してきた妙見山方向を撮りました。

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カメラを左に振って我が故郷、真野湾方向を撮りました。

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更にカメラを左に振って両津湾方向を撮りました。
佐渡おけさに、次のような歌があります。
♪ 「佐渡の金北山はおしゃれな山よ 何時も加茂湖に水鏡」
波穏やかな両津湾から加茂湖が一望できました。

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社殿の裏側に回って、外海府海岸方向を見下ろして撮りました。
見える所は相川の戸中方向でしょうか ・・・・。

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続いて社殿の左へ回って、敷地に並ぶ石仏をカメラに収めました。

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今日は恵まれた好天時の金北山登山です。
これが最後の金北山登山かと思うと、去りがたい気持ちが湧いて、カメラをあちこちに向けて頂上からの素晴らしい景色を撮りました。

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2017年10月16日

沢根海岸

旅館 「浦島」 に2泊、後半の2泊は私の生家に近い旅館 「きよせ」 でした。
5日朝、「きよせ」 を出て生まれ故郷の懐かしい海岸の散歩です。

200㍍ほど沖合へ伸びる¬形の堤防があります。
その先端に小さな灯台があり、小さく緑色の光を放って居ますが良く見えません。

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右(西)の方から大きく回って、堤防上を歩いて灯台に来ました。
恥ずかしそうに小さな緑色の光を放つ灯台も撮れました。
東の空は明るくなり、間もなく日の出を迎えます。

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堤防上を引き返します。
中央右手に妙見山と金北山がそびえて見えます。
朝食が済んだ後、この二つの山へ登ります。

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海岸を歩いて沢根崖が直ぐそこに見える所まで来て、今度は町中を歩くことにしました。
沢根上町です。
40段ほどの石段を登って、白山神社の朱い鳥居下に来ました。

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朱い鳥居をくぐって左折し、更に石段を登って白山神社の本殿前に来ました。
子供のころは、もっと大きな威厳のある白山神社と思って観て来たのですが ・・・・。

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白山神社の右隣にある総鏡寺の山門です。

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山門をくぐって中に入ると、広い境内に大きな鐘楼です。
昔と変わらず堂々として見えます。

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沢根下町に来ました。
私が卒業した沢根小学校の登り口です。
実際の通学は、学校の東側の篭町からの近道通学でした。
正門左手の建物は旧沢根町役場です。

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続いて、沢根篭町に来ました。
佐渡市指定文化財、「沢根篭町善宝寺」を観てきました。

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篭町の次は、私が生まれ育った五十里田中町です。
先ず村社の白山神社を訪ねましたが、昔の面影は無く石段は荒れ放題、境内は草むら、神社はさびれて見えました。
カメラに収めたもののカットです。
神社裏手の畑地に回って見ると、子供の頃には無かった黄色い花、セイタカアワダチソウが茂って居ました。
舗装された村道を下って朝食前の散歩は終わりです。

朝食が終わってから五十里城ノ下の散策です。
城ケ丘公園は、江戸で学んだ矢島主計が帰郷して佐渡で初めて開いた教育塾 「励風館」 を観て来ました。

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励風館の横にあった青野季吉のペンの碑です。
「少年の日わたしはこの美しい入り江の岸辺にぼんやり立っていた何を持つともなしに」 との説明文がありました。

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城ケ丘公園で、まだ咲き残って居たヒガンバナです。

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≪おまけ≫
10月4日、義姉の葬儀はセレミニーホール 「黎明」 で滞りなく執り行われました。
↓は、黎明のロビーに展示されていた、springen シュプリンゲン(飛躍)です。
作者は、沢根五十里田中町出身の現文化庁長官 宮田亮平氏(前東京芸大学長)の作品でした。
躍動感あふれるイルカの群れを観ることができました。

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4日は中秋の名月でした。 
今年は旅館 「きよせ」 の廊下の窓から眺めました。

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2017年10月14日

河原田海岸

佐渡島での泊まりは、河原田本町にある旅館 「浦島」 です。
10月3日の朝の散歩です。 海岸へ出ればそこは越の松原です。
遊歩道脇の小さな松林です。 東へ向かって歩き出しました。

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今朝もどんよりとした空模様です。

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東の方へ歩いて行くと、河原田海岸案内図がありました。
右方向から歩いて来ました。
見晴らしの丘に立って、懐かしい真野の入り江を眺めて居ます。

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遊歩道から少し外れて、案内図④に来て昔懐かしい河原田小学校のグラウンドを眺めて撮りました。

今から70年前の1947年(昭和22年)9月、河原田地区中学校陸上競技体大会がこのグラウンドで行われました。
沢根中学校代表選手として、100㍍走、400㍍リレーで走った懐かしいグラウンドです。

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案内図⑤の手前に立って桟橋を眺めて撮りました。
昔はも少し長い桟橋だったと思うのですが、自信がありません。
桟橋の右手は河原田海水浴場です。
この辺りの海は遠浅で、海水浴には最適な海です。

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桟橋の先端に立って小佐渡は沢崎鼻灯台方向を撮りました。
穏やかな真野の入り江です。

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桟橋から引き返して、案内図③の日時計の手前、さざなみの丘に来ました。

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続いて、モニュメント日時計に来ました。

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今朝はどんよりとした曇り空で日時計は活躍していません。

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旅館浦島に着きました。
建物の向こうは越の松原です。 静かな旅館に心が癒されます。

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旅館浦島の今朝の朝食です。

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ここ旅館 「浦島」 は、同級生S君(故人)が立ち上げた旅館です。
若い頃、友達を連れて佐渡島観光をしたとき、何回となくお世話になった 「浦島」 です。 往時の思い出が過りました。

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2017年10月13日

故郷佐渡島へ

10月2日、訃報の知らせを受けて急ぎ故郷への帰省でした。
マイカーでの帰省は何時も上信自動車道でした。 関越自動車道を走るのは何年振りだろうか。

午前9時40分過ぎ、越後川口SAに立ち寄っての休憩です。
いま一天気が良くなくて曇り空ですが、展望台へ行って見ます。

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曲りくねった信濃川の流れを撮りました。

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展望台から振り返ってSAの駐車場方向を撮りました。
車が少ないようです。

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花壇で咲き残って居たハマナスの花です。
花に癒されて運転再開、新潟市佐渡汽船乗り場へと向かいます。

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今回の帰省時のカーフェリーはおけさ丸です。
午前11時30分過ぎ、カーフェリーの乗船手続きを済ませて待合室を観て回りました。
売店前に佐渡の偉大な鋳金家、人間国宝佐々木象堂氏(故人)の 「瑞鳥(レプリカ)」 が見えます。
3年前の正月、皇居訪問時に見上げた正殿の棟飾り、「瑞鳥」 を思い出しながら観てきました。

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出港30分前、車を乗せて右舷に出て観ました。
対岸には、海上保安庁の巡視船が見えます。

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横の埠頭の外灯の上にカモメが3羽居ます。
良く見ると、後から飛んで来たカモメ(右端)の左足の水かき部分が有りません。 どうしたのでしょう ・・・・。

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出港時間です。 銅鑼が打ち鳴らされました。

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おけさ丸が川下の方に向きを変えて居ます。
川底を掘る工事船が見えます。

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上流方向に柳都大橋が見えて来ました。

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おけさ丸は静かに進みます。 
餌を貰いにカモメが船の周りを追いかけて来ます。

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赤い灯台を過ぎると日本海です。

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雨は降らないどんよりとした空模様です。
新潟港ー両津港は静かな航海です。 船室に帰って仮眠です。

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2014年12月15日

叙勲祝い

先日の佐渡島帰省は、先の11月3日の叙勲で瑞宝単光章を受賞したS・Nさんの叙勲祝いでした。

↓左、祝賀会の司会を務めるHさん(カミさんの甥)
↓右、本日の主役、叙勲受賞者のNさん(カミさんの実兄)
    (11月11日、皇居豊明殿での受賞式等について語る。)
            <司会者H氏と受賞者N氏>
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続いて親戚を代表して私が祝辞を述べた後に乾杯。
その後祝い膳を前にカラオケや踊りの余興等で盛り上がりました。

↓、素人の大国舞いです。 
   1週間前にテープを見ながら練習をしてきたという大国舞い。
   踊りが終わった後の紹介で、踊手は司会者の奥さんと聞いて
   驚きです。 素人のぎこちない踊りがまた大うけでした。
              <大国舞い①・②>
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↓、肩にかけた福袋から福を呼ぶという飴玉を出して撒きました。
                <大国舞い③>
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↓、続いて襖から静かに出てきて踊るのは春駒です。
   ひょうきんなひょっとこ面の手踊りは、皆の笑いを誘います。
                 <春駒①・②>
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↓、何とこの春駒の踊り手は、今年90歳を迎えたお婆さんでした。
   そのやる気の意欲と元気さを見習いたいものです。
                <春 駒 ③>
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↓、次に、カラオケに合わせて踊り出したのは、叙勲受賞者の奥
   さん方の親戚の男性です。
   男にしてしなやかな踊りの手さばきや顔の表情に歓声と笑い
   が止まりません。 大分場数をこなしているような踊りです。
               <手 踊 ①・②>
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祝賀会場は、私の同級生でS氏が会長の 「浦島」 さんです。
浦島さんは越の松原に囲われ、静かな真野湾が望める宿です。
                <祝 い 膳>
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一度では食べ切れない祝い膳です。
お目出度い鯛やお祝いの品は前橋に持ち帰って戴きました。

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2014年12月11日

帰省・佐渡島(3)

両津港12時35分着のジェットホイルが、おけさ灯台沖を通過して入港してきます。
               <ジェットホイル>
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           <近くなったジェットホイル>
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            <接岸したジェットホイル>
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           <佐渡汽船ターミナル方向>
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             <おけさ丸の離岸①>
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             <おけさ丸の離岸②>
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           <佐渡汽船ターミナルと雪山>
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↓、画像中央の高いビルの右に見えるのが五番所の松です。
   松の向こうに雪を頂いた金北山(1172m)が霞んで見えます。
              <遠ざかる両津港>
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             <おけさ灯台と雪山①>
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             <おけさ灯台と雪山②>
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午後3時10分に新潟港に着いて、新潟駅前午後5時20分発の高速バスで我が家へと帰りました。

※不在間の予約投稿です。 コメント欄は閉じさせて貰いました。

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2014年12月10日

帰省・佐渡島(2)

12月7日(日)、佐渡から前橋へ帰る日の朝です。
少しの晴れ間を見て海岸へ出て見ました。
            <湾岸荒町橋と真野湾>
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↓、湾岸荒町橋の上に立って真野湾を撮りました。
               <真野湾①>
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↓、カメラを左(東)に振って真野から河原田方面を撮りました。
               <真野湾②>
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↓、荒町川の河口です。 春にはシラウオが獲れる川です。
               <真野湾③>
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↓、カメラを大きく右に振って、新しくできた湾岸道路と海岸沿いの
   遊歩道を撮りました。
   ここから誰かが東へ歩いたようで、足跡が付いています。 
   私はもう少し西に向かって歩いてみます。
            <湾岸道路沿いの遊歩道>
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↓、生家の冲の堤防が近くに見えて来ました。
   堤防の先端のミニ灯台に行って見たかったのですが、天候が
   急変してきました。 残念ですがここから引き返します。
                <防 波 堤>
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↓、夏から秋に活躍した釣り舟です。 アジ釣りに出たいです。
                <釣 り 舟>
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↓、遊歩道に残る足跡で、左が私の足跡で西に向かっています。
   右側が私より先に歩いた人の足跡で東に向かっています。
                 <足 跡>
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帰りのカーフェリーもおけさ丸です。 
まだ乗船したことがないカーフェリーときわ丸は次の機会です。

両津港からのおけさ丸は12:36発です。
たくさん貰った古里のお土産を持って我が家へと帰ります。

≪お知らせ!≫
午前4時過ぎに我が家を出て羽田空港へ、「四国一周20景4日間の旅」 に行ってきます。
この間のブログ訪問やコメントが滞りますこと、ご容赦下さい。

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2014年12月 9日

帰省・佐渡島(1)

12月4日(木)、3泊4日の予定で古里佐渡島へ帰省しました。
前橋ー新潟間は高速バスの利用です。
日本列島に大寒気団が来て、新潟県内は雪の予報でしたが帰省日の4日は雨でした。

佐渡汽船ターミナルに予定通り到着です。
乗船する船は大型旅客カーフェリーおけさ丸です。
↓、12時35分発、新潟港ー両津港行きの改札口です。
              <改札口の前で>
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古里佐渡島はトキが棲む島です。 
そのトキを捩った立て看板が目立ちます。
              <歓迎の立看板>
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乗船して直ぐに食堂へ行きました。
簡単な昼食を済ませて2等船室に戻って横になりました。
          <鎖で固定された食堂の椅子>
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寒波の影響で海上はしけてカーフェリーは大きく揺れて居ます。 
大きく揺れたおけさ丸も両津湾内に入って静かな航海です。

外は雨模様、防波堤の先端に立つ赤い灯台が見えて来ました。
この赤いおけさ灯台を眺めて、島に帰った実感が湧く瞬間です。
大佐渡の山々は時雨れて居ます。
               <おけさ灯台>
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着いたこの日は、身内のあいさつ回りと墓参で終わりました。

12月5日(金)、昨日の雨は雪となって1日中降り続きました。
外に出ることもできず1日中炬燵に入っての語らいでした。

12月6日(土)、朝食が終わって外を見ると晴れ間が見えます。
家を出て雪深い庭を撮りました。 積雪は20㌢近く有るでしょうか。
               <雪深い庭>
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数㍍歩いて家の横を流れる橋の上で上流の山の方を撮りました。
まだ降り足りないような故郷の雪山は寒そうです。
              <故郷の雪景色①>
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この後マイクロバスが迎えが来て、今回の帰省目的である叙勲祝の会場へと向かいます。

翌7日(日)朝、↑の同じ橋の上から眺めて撮った山の風景です。
              <故郷の雪景色②
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2014年3月 8日

佐渡の本

朝、新聞のチラシを見ていたカミさんが、買いたい物が出ているから今日はここのスパーへ行こうと言うことになりました。

カミさんは欲しいものの品定めでそちらの方へ、私は店内の古本コーナを見て回りました。
と、一番下の棚に 『生きとるっちゃ佐渡』 の題名がついた本を見つけました。

手に取って見ると、新潟日報の佐渡特別取材班が佐渡を取材して書いた本でした。
20年前の本ですが懐かしい地名が出てきます。
定価は半値以下の980円です。 さっそく買って帰りました。

家に帰って読んでみると、この本の1月前に同上特別取材班が書いた 『佐渡紀行』 なる本が出ていることを知りました。
その本だったら購入時期は忘れましたが手元にあります。
       <『生きとるっちゃ佐渡』 と 『佐渡紀行』>
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『生きとるっちゃ佐渡』
新潟日報 佐渡特別取材班編 1995年6月15日発行
内容は、永六輔氏の 「佐渡国独立運動」 論から始まって、佐渡輩出の偉人伝と、本のタイトルである 「生きとるっちゃ」 を語る島の人々と、「がんばっとるっちゃ」 という人々の姿が記されています。

本は20年前の取材記事です。 
この人たちの今は? 過疎化が進む現在の島は? と往時を偲びながら読んでいます。

『佐渡紀行』
新潟日報 佐渡特別取材班編 1995年5月15日発行
内容は、「新潟日報」夕刊に平成6年1月から12月にかけて掲載された記事に若干の修正を加えてまとめられたものです。

その記事の中で、
【3月】 しま早春譜(3) 大わらじ のタイトルで、
真野町倉谷地区で行われる大わらじの取り換え 「春来(はるき)」 の記事が載っています。
毎年3月の第1日曜日に行われると記されています。

今年は既に第1日曜日は過ぎました。 
今年も大わらじが集落の柱にくくりつけられたでしょうか。
この大わらじがかかると、そろそろ田んぼの準備がはじまるとか。
我が故郷にもそろそろ暖かい春がやってくることだろう。
いや、来て欲しいと願うひとりでもあります。
           <厄除けを願う大わらじ>
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  (↑の画像は、2011年6月の帰省時に撮ったものです。)

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