旅-佐渡島

2018年9月24日

佐渡~新潟へ

佐渡汽船の待合室に有った鬼太鼓の太鼓です。
昨夜、ホテル八幡館の舞台で観て来たばかりの鬼太鼓です。
赤鬼や青鬼は居ませんが、鬼太鼓の情景を思い浮かべながら太鼓を撮りました。

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佐渡へ渡るとき,、往路の船はカーフェリーときわ丸でした。
佐渡を出るとき、帰路の船はカーフェリーおけさ丸です。

乗船すると直ぐに、沖合を高速船ぎんがが入港して来ました。

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赤いおけさ灯台が、カーフェリーおけさ丸を見送ってくれます。

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乗客からの餌を求めて、カモメが集団で追いかけて来ます。
新潟まで約2時間30分の船旅です。
船室に戻って、船内で買ったおにぎりを食べて、後は毛布を借りて仮眠です。

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静かな航海を終えたおけさ丸は、15:10に新潟港に着きました。
17:15新潟駅前発の高速バスまで時間は十分に有ります。
一番最後に下船して、今度はタクシー(¥1000)で新潟駅へ向かいました。

新潟駅前のバス停留場で、バス時間を確認して居ると本通りの一つ裏手の道路から賑やかな音楽が聞こえて来ます。
裏通りへ来て見ると、若者たちのパフォーマンス 「北海踊り」 をj披露して居ました。

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若者たちのしなやかな踊りです。

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元気があります。

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力強さを感じます。

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バス待ちで、若者たちの踊りを見て元気を貰うことが出来ました。

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この後、高速バスは予定通り新潟駅前を発って、一路高崎経由前橋へと向かいました。
今回の2泊3日の佐渡島帰省、内容が濃い帰省となりました。

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2018年9月23日

帰る日の朝

起床して直ぐに海岸へ出て見ました。 どんよりとした空模様です。
沖合の堤防上には、朝早くから釣り人が見えます。
手前の漁船は漁場へ向って居ます。

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朝6時に点滅した沢根灯台前を通過して、沖合のカキ漁場へでも行くのでしょうか ・・・・。

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堤防に来ました。 
堤防上に立って海中を覗くと、小魚の群れが泳いで居ます。
アジの群れでしょうか? 
右端の少し大きめの魚はクロダイの子でしょうか?
私が子供のころは、クロダイの子を 「チンデコ」 と呼んで居ました。

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堤防を下りて、海岸の砂浜を歩いて見て来ます。
テトラポ;ツトには、カモメとアオサギが居ました。
何れも私の姿を見て、直ぐに飛び立ちました。

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少し沖合のテトラポットです。
静かな沖合にはカキ養殖の筏が幾つも見えます。
私が子供のころはカキ筏や沖合の堤防が無かった時代です。
すっかり様変わりした真野湾を、しみじみと眺めて居ます。

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砂浜で拾った貝殻は、波に洗われて丸みを帯びて居ます。

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宿に帰って、横を流れる川を歩い見ると、川底はコンクリートで固められて居ます。
と、ボラの子でしょうか群れで泳いできました。
私が子供のころ、早春にシラウオ獲りの網掛けをした川です。

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朝の散歩から帰ると、旅館きよせの玄関前のたぬきの親子が私を迎えてくれました。

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朝食を済ませた後、今度はタヌキの親子に見送られて故郷を発ちました。

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2018年9月22日

佐渡郷土芸能

法事も無事に終わって、明日には群馬へ帰る前の晩です。
カミさんの甥夫妻の招待を受けての夕食会です。
と、甥は夕食会の途中で、佐渡おけさなどの披露会で国際佐渡観光ホテル八幡館へと向かいました。
間を置いて私たちも八幡館へと向かいました。

館内に入ると鬼太鼓の音が聴こえて来ます。
玄関横の太鼓を撮って、地下1階の芸能会場へと急ぎます。

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舞台の上では青鬼が踊って居ました。
見れば 「新俣有鬼会」 の提灯が見えます。

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勇壮な青鬼が踊りながら観客席の前まで来ました。

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と、舞台の両袖から獅子が現れて青鬼を威嚇しているようです。

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鬼太鼓が終わると、舞台はトキが羽ばたく緞帳が下りて来ました。

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緞帳が揚がって佐渡民謡の相川音頭が始まりました。
佐渡金山奉行の一人、大久保長安が広めたという相川音頭です。
左から2番目の歌い手さんは80歳を過ぎて居ると聞きました。
張りのある声で、素晴らしい相川音頭をきかせてくれました。

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続いての歌い手は、カミさんの甥が引き継いで歌って居ます。
画像では良く見えませんが踊り手さんは腰に小刀を差して居ます。
舞台の上は、踊り手四人、歌い手二人、三味線二人と太鼓打ちが一人です。

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ここで踊り手さんは衣装を変えて、佐渡おけさに続いて両津甚句を踊って居ます。

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国際佐渡観光ホテルの舞台で、佐渡郷土芸能が見られるとは予想もして居ませんでした。

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鬼太鼓や佐渡民謡、動画でないのが残念です。
ホテルの観光客と一緒に、佐渡郷土芸能を楽しむことが出来た夜となりました。

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2018年9月21日

金北山神社・他

白山神社上の田中部落から東の沓掛川を越えて西野部落の村道へ出ました。
村道脇にはこの案内板と、山師の墓(秋田権右衛門)の案内板が並んで立って居ました。

↓、①は私の生家があった田中町、②は田中町の氏神様白山神社、③~⑤はこれから訪ねる西野部落です。

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↓、↑の案内板と並んで立って居た、山師の墓(秋田権右衛門)の案内です。

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案内板から右の奥へ入った所にあった、③の秋田権右衛門の墓と言われて居る二つの供養塔です。

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山師の墓から200㍍ほど歩いて、金北山神社に来ました。
子供の頃、お祭りでこの境内で鬼太鼓を見たことを思い出しながら、社殿前に立って参拝を済ませました。

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金北神社から更に山の方へ200㍍ほど上ると、我が家の旧菩提寺の吉祥寺跡があります。
戦時中の小学生の頃は、親に連れられてよく来たものです。
我が家は子だくさんで、小さな墓石が幾つも並んで居た記憶があります。
その後、住職さんが無くなってからお寺さんは衰退し、現在は沢根の崖 近くの長安寺さんが引き継いでいます。
↓、吉祥寺跡の入り口に並ぶ六地蔵尊です。

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空き地となった金北山吉祥寺跡地と案内標柱です。

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狭い参道脇の池には、2匹の錦鯉が泳いで居ました。

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吉祥寺跡地を出て金北山神社の横に来たところで、トビが盛んに鳴いて居ます。

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見ると道路の真向かいの電柱の上にヒナが居ました。

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私が近くへ来たのを見て、ヒナは飛び発ちました。

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2018年9月20日

故郷の海と山 ②

湾内の沖に伸びる堤防上を歩いて、堤防の先端に建つ沢根灯台を見て来ました。
その帰り、今度は子供の頃に遊んだ地元の氏神様 「白山神社」 へ行って見ました。

傷みかけた124段の石段を登った上に立つ朱塗りの鳥居です。
正面奥が本殿です。
参拝を済ませて中を覗いて見ると、懐かしい囲炉裏が見えました。

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本殿右横の小径を抜けて神社裏の畑に出ました。
懐かしい風景です。 トリトマが畑の隅でひと際目立って居ます。

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と、私の周りを2羽のアゲハが飛び回って花に止まります。

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こちらにはミドリヒョウモンも来て居ます。
慌ててシャッターを押したらボケ画像です。

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こちらのアゲハは上手く撮れました。

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少し坂道を登って、田中村の集落近くのオクラ畑に来ました。

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次に、田中村の坂道を下って、東隣りの西野村に来ました。
この辺り、ススキが咲いてすっかり秋の気配です。

この村には同級生が二人、その内の一人は私がまだ佐渡に居た時に亡くなりました。 後の一人は元気で居るでしょうか ・・・・。

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村の本通りへと来ると、妙見山が手に取るように近くに見えます。

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妙見山の下に金北山神社の鳥居が見えます。 行って見ます。

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2018年9月19日

故郷の海と山

佐渡島帰省2日目(15日)の朝です。
朝食が終わって海岸へ出て見ました。
沖合のテトラポットで羽を休めて居たカモメが、私の姿を見て飛んで来ます。
前回の帰省で知ったことです。
漁に出た義兄が釣ってきた魚を直ぐに調理し、その魚の臓物を浜辺に持って来てカモメに与えたことを思い出しました。

今回は何もない私です。 カモメは直ぐにテトラポットへ戻りました。

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海岸の砂浜に立って裏山を眺めました。
早い紅葉かと思って眺めたのですが、そうではありません。
先の台風21号が佐渡上空を通過、その潮風でやられたのです。

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午後2時に法事を済ませて、再び海岸散歩です。
雲って居た空も晴れ上がり青空です。 
澄み切った秋空に、幾筋もの飛行機雲が見えます。

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湾内に突き出た堤防上を、小さな沢根灯台が立つ堤防の先端まで歩いて行きます。
係留中の漁船です。 私が子供の頃は手漕ぎ櫓の小舟でした。
   月白し 耐えむ生活(くらし)の 櫓臍泣く   昭一
時代は大きく変わりました。

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宿から見える真野湾内の五つの灯台の灯かりの中で、一番最初に点いて最後まで点灯している沢根灯台です。

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カメラを左に振って宿の方向を撮りました。
中央の白い壁の建物(3階)が喜代勢旅館です。
また左端の二階屋の奥手、道路の山側に私の生家があります。
今は甥が管理して居り、誰も住んで居ません。

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堤防上を少し戻った所で、大佐渡山脈の妙見山と金北山をカメラに収めました。
白いドームが見えるのが妙見山(1042.2)で、その右奥手にそびえるのが金北山(1172.1m)です。

金北山と言えば、昨年10月の帰省時の登山です。
中学3年の秋の登山以来、実に70年振りに登った金北山です。
しかも航空自衛隊の許可を得て、防衛道路をマイカーで登山、生涯忘れることがない山登りでした。

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この後は、故郷の氏神さまから山の集落を訪ねます。

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2018年9月18日

佐渡島へ

9月14日、新潟港12:35発のカーフェリーときわ丸で一路佐渡島へと向かいました。

ときわ丸の甲板(3F)から船首方向を撮って居ます。

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ときわ丸は方向転換をして、信濃川を日本海へと向かいます。
対岸には海上保安庁の巡視船が係留して居ます。

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ときわ丸が方向転換したところで信濃川の上流方向を撮りました。
真ん中に、先ほど高速バスで渡って来た万代橋が見えます。

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川下にはドック入りでしょうか、巡視船が見えます。

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その川下にも海上保安庁の船が見えます。
間もなく河口の橋の赤い灯台が見えて来ます。
ここで船室に戻って、毛布を借りて(¥100)仮眠です。

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「ときわ丸は、只今両津湾内に入りました。」
船内放送を聞いて船室から出て見ると、姫崎沖の竜王島と灯台が見えました。

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左舷から右舷に来ると、高速船ぎんが新潟港へ向か;って居ます。

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暫らくして、懐かしいおけさ灯台が見えて来ました。

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身を乗り出して港方向を見ると、両津甚句で有名な 「らんかん橋」 が見えて来ました。

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ほどなく下船し、迎えに来てくれた親戚の車で私の生家近くの宿へと向かいました。

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2017年10月20日

我が家へ帰る日

今日6日は、前橋の我が家へ帰る日です。
最後となる朝の散歩は、宿の一軒右隣を流れる 「東の川」 沿いを歩いて居ます。

子供のころに遊んだ小川は、コンクリートで固められて昔の面影はなく、回りに咲いて居た花もキクイモでした。

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畦道で咲いて居たヒガンバナは、終わりを迎えて居ます。

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川沿いに1㌔ほど歩いて来た所で引き返します。
振り返った所で、連泊した3階建ての旅館 「きよせ」 がひと際高く見えます。

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宿には帰らずに、今朝も昨日歩いた浜の遊歩道を 「白山神社」 に向って歩きます。
500㍍ほど歩いて、浜側から山側に出ます。 
細い小路に入った花畑で見つけた黄色い花は何でしょう?

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(※↑、山小屋さんから「オオハンゴンソウ」と教えて貰いました。)

200段はあっただろうと思われる石段は荒れ放題です。
昔は若い衆が神輿を担いで上り下りした、白山神社の石段です。

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赤い明神鳥居は、最近塗り替えられたようで見事な朱色です。
両側に控える阿吽の狛犬が懐かしいです。

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社殿前で参拝を済ませ、神社の裏側に広がる畑に来て見ました。
子供の頃には見られなかった、セイタカアワダイソウが畑いっぱい茂って居ました。

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続いて我が家の畑があった場所に来て見ると、道路は広くなって舗装され、子供心に怖かった焼き場はこんもりとした森です。
回りの何処を見ても昔の面影はなく、時代の流れを感じながら宿へと帰りました。

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午前9時、お世話になった 旅館 「きよせ」 を発って、故人の位牌にお参りを澄ませて帰宅の途に着きました。

≪おまけ≫
<其の壱>
帰りのカーフェリーは 「ときわ丸」 です。 初めての乗船です。
乗船するまで時間があります。 レストラン食べたラーメンです。

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ときわ丸下船後は、新潟港から自宅(前橋)まで車の運転です。
貸し毛布(¥100)を借りて来て、客室て仮眠です。

<其の弐>
帰省中、栗拾いに誘われたカミさんが拾ってきた栗です。
小粒ですがこのざるは、栗が入った4つ目のざるです。

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<其の参>
自宅に帰る日の朝です。 甥が大きな鯛を土産にくれました。
我が家に帰って鯛を測ったら、頭の先から尾っぽの先まで71㌢ありました。 佐渡島の嬉しいお土産です。
カミさんがさばいて、妹と分け合って居ました。

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今回の急なる帰省、親戚の皆さんには大変お世話になりました。

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2017年10月19日

乙和池~七浦海岸

白雲台を出発して、暫らく走った所で新潟県文化財(天然記念物)の乙和池に立ち寄りました。

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池の中程にある浮島には、アメリカマンネンゴケやカタマリスギゴケなど20余種の植物が生育しているとのこと。
またこの池は、池の主と若い娘さんの伝説が残る池でもあります。

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池を一周しようと右回りに歩き始めたが、林の中が険しくて途中から引き返しました。
古木に生えたキノコです。

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今度は池の左側に来て池の様子を撮りました。
後方には古びた木製の鳥居がありました。 
また前の池の渕には、手作りの注連縄が張ってありました。

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引き返すとき、大木の上に生えた大きなキノコを見つけました。

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再び浮島を撮って、乙和の伝説が残る乙和池を後にしました。

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相川町に着いて昼食です。
佐渡金山横の食堂で、金箔器に入った金山そばを注文しました。
(カメラの向けが悪くて、綺麗な金箔の器が撮れて居ません。)

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相川の町中を抜けて、綺麗な夕日が眺められる春日崎を過ぎると七浦めぐりとなります。
相川から車で来ると、大浦海岸で見られる 「猫岩」 です。 

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今度は、橘に来て私が大好きな佐渡名所の一つ 「夫婦岩」 です。
我が家の生家からほど近く、帰省すれば訪ねる夫婦岩です。

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売店前には佐渡観光の一つ、「たらい舟」 が展示されて居ました。

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たらい舟を撮って居たら、カモメが物欲しそうにやって来ました。

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佐渡島滞在の最終日は、70年振りの金北山登山から大佐渡スカイライン、七浦巡りを楽しんだ一日となりました。

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2017年10月18日

大佐渡スカイライン

登った山は、必ず下りがあります。 
70年振りに登った金北山、別れを惜しみながらの下山です。
案内してくれた航空自衛隊員さんが待って居る駐車場に来ました。
去りがたい周りの景色を眺めて撮りました。
やはりカメラを向けるのは、我が故郷の真野湾方向です。

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明日は前橋の自宅へ帰ります。 
カーフェリー乗り場がある両津港方面が気になります。

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これから下って行く山の景色が名残惜しいです。
山は少し色づいてきて、間もなく紅葉です。

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下山途中で、甥がブナ林を案内してくれました。
通行規制がある林道です。
めったに見ることができないブナ林をカメラに収めました。 

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スマホカメラを使っての撮影です。

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途中、見晴らし台のある所で休憩、両津湾方向を撮りました。

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続いて、故郷の真野湾方向もカメラに収めました。

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昨日まで2泊した旅館 「浦島」 が経営する、交流センター 「白雲台」 に着きました。
ここで案内をしてくれた航空自衛隊員さんの二人と別れて、マイカーは大佐渡スカイラインを走って帰ります。

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店内には、今回の帰省にもなった故人Yさんの裂き織のバックや小物が販売されて居ました。
売店の人に裂き織のYさんが亡くなったことを話すと、大変驚いた様子でお悔やみの言葉も戴きました。

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白雲台にあった、「大佐渡スカイライン パノラママップ」 です。
これから大佐渡スカイラインを下って、右の二見半島の外周を回って帰ります。

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白雲台を出発したマイカーは、大佐渡スカイラインを相川方面に向かって走りました。

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