ぐんま・北毛

2009年11月11日

吹割の滝

白根温泉薬師之湯から15kmほど走って、国の天然記念物である 吹割の滝 に着きました。

ここは昨年の11月、片品川の上流に残る「浮島」に架かる吊り橋を渡って、滝を一周する遊歩道を歩きました。

今年は日光からの帰りです。 休憩を兼ねて立ち寄って見ました。
      <大きな岩肌を見せる吹割渓谷の景観>
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<小規模ながら東洋のナイアガラともいわれる吹割の滝>
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  <高さ7m幅30mという滝壺に落ちる水量豊富な滝>
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<滝壺近くに寄って豪快に落ちる滝を眺める大勢の行楽客>
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日光いろは坂から日光中禅寺湖、戦場ケ原、湯滝、湯の湖、丸沼高原、吹割の滝と国道120号を走りました。

自宅に帰って一日のデーターを確認したところ、
車の走行距離が216,6㎞、歩いた歩数が15,624歩でした。
私たちの旅、2009年秋の一大イベントとなりました。 happy01 coldsweats01 

 <片品川上流の浮島に架かる吊り橋「浮島橋」を望む>
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2009年11月10日

白根温泉「薬師之湯」(続)

無料の足湯を楽しんだあとは、生活用品や骨董品などが並ぶ小屋を覗いて見て回りました。

柱時計、ぞうり、わらぐつ、みの、臼・きねなどを見て、子供のころを思い出しました。

 <薬師温泉について(左)・紅葉樹(中)・温泉たまご(右)>
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柱時計》= 佐渡の実家には、昭和40年ころまでありました。

時計の打ち方が遅くなると、ネジが無くなったことが分かります。

柱時計の真ん中には、ネジを巻く穴が二つあります。
左の穴は時計回りに、右の穴はその反対回りにネジを巻きます。 
そのとき、台に使っていたのが、箱馬という踏み台でした。

 <ミニ水車の模型(左)昔懐かしい骨董品の数々(右)>
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ぞうり》= 小学生のころは、運動靴などありませんでした。
学校の上履きは、藁に布切れを混ぜて編んでくれた、母手づくりの
ぞうりでした。

わらぐつ》= 小中学生のころは、長靴がありませんでした。
雪の降った日は、軽くて暖かいわらぐつを履いた経験があります。
今は地球温暖化の影響でしょうか、雪が少ないように思います。

みの》= 小学6年生(終戦前年)のとき、学校で米作りをしました。
田植えが終わった雨の日、みのを着て田んぼ見廻りに行きました。

まだ子供です。 ふざけて田んぼの畔を壊したことがあります。
田んぼ見廻りから学校に帰ると、雨に濡れたみのを着たまま校門前に友達と一緒に立たされた苦い体験があります。

 <拍子木・ざる・ぞうり・わらぐつ・みの・臼などの展示品>
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臼ときね》= 子供のころの正月は、1ケ月遅れでした。
借りてきた臼ときねで、父が正月用の餅を搗いてくれました。
その餅を両手で丸餅にするのと、草餅を食べるのが楽しみでした。

当時の生活必需品や骨董品を眺めて、子供のころを思い出しながら懐かしく見学しました。

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2009年11月 9日

白根温泉「薬師之湯」

丸沼高原からおよそ5kmほど走って、間欠泉? が上がる白根温泉 薬師之湯に来ました。

ちょっと寄って見て行こうと駐車場に車を止めて、温泉施設内を見て回りました。

    <間欠泉? が上がる白根温泉「薬師之湯」>
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ゲルマニューム原石使用“足湯無料”です。 お試しください。
の看板を見つけました。

さっそく、先客に混じって足湯のご相伴にあずかることにしました。

     <足湯の案内が立つ白根温泉薬師之湯>
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中禅寺湖から三本松、湯の湖、湯滝と歩いてきた疲れた足です。

少しぬるめの湯におよそ10分間、じっくり浸かって足を癒しました。
思いもかけない足湯サービスに大満足しました。 happy01 coldsweats01

     <足湯の効能書き(左)と足湯体験(右)>
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    <薬師鳥居の向こうで高々と上がる間欠泉?>
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2009年11月 8日

紅葉の丸沼高原

湯の湖から国道120号を金精峠に向かって走り、トンネルを抜ける
と、ブルーの湖水をたたえた菅沼と丸沼があります。

菅沼の紅葉を見ようと思ってきましたが、閉鎖されていて入れません。 次の丸沼は右折を怠って通り過ぎてしまいました。

続く国道沿いの丸沼高原スキー場は、左折してスムーズに入ることができました。

   <日光白根山ロープウェー乗り場入り口の紅葉>
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スキー場の入り口には、環境省が選んだ 「平成の名水百選」 に選ばれた記念に設置したという、「丸沼高原涼水」 がありました。

     <尾瀬の郷片品湧水群 「丸沼高原涼水」>
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涼水設置案内によれば、
「来訪された方々に、自由に水を汲んで貰えるように設置した。」
と、記されていました。 

さっそく渇いた喉をうるおそうと、冷たい涼水をいただきました。 coldsweats01

     <日光白根山ロープウェー乗り場前の紅葉>
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2009年10月24日

たくみの里と日帰り温泉

たくみの里野仏巡りの5番近くに、「須川茶屋」 があります。 お昼を少し回っていたので立ち寄りました。

注文は、昔懐かしいすいとん(550円)と田舎饅頭(100円)です。

            <食事所 「須川茶屋」>
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料理が出まで時間があります。

座敷に上がって部屋を眺めていると、食堂の主人が女優の安達裕美さんやNHKのアナウンサーなどの写真の説明をしてくれました。

主人の話に寄れば、安達裕美さんは2度目の訪問といいます。

     <七福神の壁掛けと来訪者の記念写真>
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            <店内と室内の様子>
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《奥平温泉遊神の湯「遊神館」》

ここ遊神館は、11年前の日帰り温泉ラリーで一度来ています。

         <奥平温泉遊神の湯「遊神館」>
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温泉はアルカリ性単純泉で内風呂、ジャグジー、打たせ湯、サウナ、露天風呂など少しぬるめの温泉です。

好きな露天風呂にゆったりと浸かり、日替わり湯を楽しんだりして、身心とにリフレッシュして遊神館をあとにしました。

  <露天風呂(左)と日替わり湯「りんご酢の湯」(右)>
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             <遊神館前の庭園>
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2009年10月23日

たくみの里・泰寧寺

曹洞宗の禅寺として開山されたという「泰寧寺」は、 山号を泉峰山(玉泉の「泉」と三峰の「峰」を取る)と号し、天文6年(1537)の開山といいます。

ご本尊は、聖観世音菩薩です。
火防守護の霊場として、火災消除、生業繁栄、諸願成就の祈願所として広く信仰されている。 といいます。 

        <寺院入り口の「しあわせ地蔵尊」>
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泰寧寺には、群馬県指定の重要文化財があります。

山門一棟》 (江戸時代)
建物の様式は2重層の関東建築で均整の整った格調良い禅宗様式を今に残している。
強風の時は南北に揺れ動き、風が止むと元に戻る。 といいます。 

  <参道に架かる橋(左)と文化財指定の「山門」(右)>
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《本堂内陣「須弥壇」》 (桃山時代)
須弥壇左右二面の文様 「松に孔雀」、「桐に鳳凰」で桃山時代の香が高い。

《本堂内陣「欄 間」》 (桃山時代)
形が整い、茄子座とも称すべき部分の牡丹に唐獅子の彫刻が桃山時代の香が高い。

揺れ動くという不思議な 「山門」 は外観を眺めましたが、本堂内の「須弥壇」、「欄間」 は拝観したかった所です。
               <本堂と鐘楼>
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本堂の左手にどっしりとした構えの建物がありました。 

近づいて見ると 「龍光庵」 と記されていました。 禅寺です。
座禅道場でしょうか? 
                <龍光庵>
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2009年10月22日

たくみの里・宿場通り

野仏1番の前の駐車場を出て、約50m歩いて右折すると須川宿の 宿場通り に出ます。

宿場通りは距離にして500mほどでしょうか、左側に くるみの家、木織の家、和紙の家、藍染の家 が並んでいます。

また、右側には急須の家、マッチ絵の家、須川宿資料館 が並んでいます。

     <「香りの家」 の前にある 「観光案内」板>
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訪ねる時間帯が少々早かったようです。 店のオープンには、まだ
時間があります。

宿場通りの外れ近くの右手に、本陣跡の石塔が立っていました。
また、野仏2番は宿場通りを過ぎた林の中にありました。

    <須川宿の「案内板」と干支(申)模様の「塔籠」>
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   <木工芸「急須の家」の案内と静かに回る「水車」>
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      <宿場通りの外れに立つ 「施設案内」板>
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2009年10月21日

たくみの里・野仏巡り(2)

野仏巡りも1番と2番は徒歩で、3番以降はマイカーで回りました。

《野仏five 「月待塔」》
二十一、二十二、二十三夜塔が並んでいます。 二十二夜塔は女性の安産や治病の仏として篤い信仰があります。
野仏5番の近くには、「陶芸・石工の家」 があります。

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《野仏six 「庚申塔」》
60年ごとの大きな庚申塔が四基並んでいます。 農業、豊作の神様としての信仰があります。
野仏6番の近くには、「わら細工の家」 があります。

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《野仏seven 「大黒天」》
今から約60年前と120年前の 「きのえね」 の年に作られた大黒天が二つです。 大黒天は、金運・幸運の神様として奉られています。

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《野仏eight 「一之宮地蔵尊」》
子育て、子授け、安産にご利益があるといわている地蔵尊です。
毎年、秋分の日には賑やかにお祭りが行われると聞きました。

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《野仏nine 「泰寧寺」》
火防守護、家内安全、諸願成就の泰寧寺です。 桃山時代の息吹を伝える文化財(須弥壇、禅宗様式の山門)は見事です。

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2009年10月20日

たくみの里・野仏巡り(1)

手づくり体験で有名な 「たくみの里」 を11年ぶりに訪ね、9ケ所の
野仏巡りをしました。

《野仏one 「道祖神」》
魔よけや災難よけの御利益があるといわれている、猿田彦大神が
奉られています。

また、その横には双体道祖神や地蔵尊が並んでいます。 野仏①は
たくみの里入り口の駐車場脇にあります。

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《野仏two 「道祖神」》
ここの道祖神は村最古のものといわれています。 寛保2年(1742)に作られたものといいます。 
土手の道祖神は訪ねる人の微笑みを誘います。

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《野仏three 「馬頭観音」》
昔、交通や農耕などの大切な働き手であった馬たちの供養や安全
を願って奉られた観音様です。
通称 「丸がんのん」 と呼ばれているといいます。

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《野仏four 「淡島女神」》
うっそうと繁る野々宮神社境内の横に、福島県では一部にしかないという 「淡島女神像」 がありました。
婦人病や子供の病気に御利益があると、案内に出ていました。

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《スタンプmaple集め》
小学生たちが小グループに別れて、野仏巡りをしながらスタンプを
集めています。 (画像は、野仏④での子供たち)
「こんにちは!」、小学生から元気な声であいさつを貰いました。
私たちも大きな声で返事を返し、元気を貰いました。 coldsweats01  つづく

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2009年2月21日

吉岡・船尾滝

つるし雛を観ての帰り道、吉岡村の船尾滝へ回って観てきました。

数年前に一度訪ねたことがありますが、そのときは台風通過後で、道路閉鎖のため滝まで行けずに引き返しました。

・船尾像                ・静思像
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駐車場前の案内によれば、
「船尾滝は、相馬山麓の渓流を集めて海抜840mから落差約72mを落下する名瀑である。」

「かつて滝周辺は 『毛奴(けど)の国(上毛野国)』 開きのころ、神の客居として神地と呼び、諸人入るべからずとされており、不入といわれ、いつの頃からか不入が 『船尾』 になった。」

「登って行く途中、対岸にみえる切り立った山は九十九谷と呼ばれ、太古に榛名山が噴火したときの外輪山の一部で長い年月、風雪の侵食に耐えてきた姿である。」

「ここから滝までおよそ900m、徒歩で15~20分程度。 所々落石等の発生する場所があり十分注意。」
とのことが記されていました。

駐車場付近からは、危険と思われる坂道が続き、「落石注意」や、「熊出没注意」 の看板が目立ちます。 

船尾滝が見えたころ、右手の丘の上に観音 「船尾像」 が、少し下った山際に 「静思像」 が安置されていました。

高さ160cmという静思像には、
「滝を訪れる人々に 安らぎと安心感を与える」 と記されていました。

立春は過ぎたものの自然界はまだまだ厳しい寒さです。 辺りの木立ちもまだ冬籠りです。 

落差約72mという荘厳な船尾滝を拝観して、滝をあとにしました。

・厳寒に見る「船尾滝」       ・吊り橋「おんべこおり」
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