ぐんま・東毛

2009年10月12日

太田・反町薬師

にった花トピアの会場から、東へ約500mの所にある 反町薬師 を訪ねました。

反町薬師は、高野山真言宗で瑠璃山妙光院照明寺といいます。

<照明寺正面入り口>
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ご本尊は薬師如来です。
正月4日の大縁日は、厄除け薬師で大勢の参詣者で賑わいます。

自分史に、「昭和60年(1985)1月4日、反町薬師初詣(新田町)」 と、記されています。
ということは、反町薬師は24年ぶりのお参りということになります。

<本堂と小坊主像>
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本堂前に、竹箒を持った丸坊主頭の可愛い像が立っています。 
参詣者が頭を撫でるのでしょうか、黒く光っています。

<回廊とお堂>
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ここ照明寺の寺域は、新田義貞公の居館跡ともいわれ、反町館跡として県の史跡に指定されています。

寺の周囲には、濠や土塁が残り往時の面影を偲ばせています。

<大 師 堂>
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2009年10月11日

にった花トピア2009

生品神社からコスモスが咲き誇る、にった花トピアを訪ねました。

76haの畑には、約300万本のコスモスが咲き誇るといいます。

   <早咲きのコスモス遠望(花色:ピンク・赤・白・黄)>
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昨年までコスモス畑の中で行われていた物産店も、今年は駐車場の隣で開かれていました。  

にった花トピア2009は、9月20日(日)に始まって10月17日(土)までです。

10月15・16・17日の3日間は、フラワープレゼントデーです。
コスモスの切り花、摘み取りがでるといいます。

           <コスモスの花いろいろ>
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コスモスの花に癒されたあと、近くの反町薬師へと向かいました。

       <キバナコスモス遠望(花色:黄・橙)>
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2009年10月10日

太田・生品神社

やぶ塚かかし祭りの帰り道、新田義貞公とゆかりのある生品神社(いくしなじんじゃ)を訪ねました。

元弘3年(1333)5月、新田義貞公が鎌倉幕府倒幕の際に、ここ生品神社で兵を挙げたところといいます。

第一の鳥居、朱塗りの明神鳥居をくぐると、左手に太刀を頭上に捧げた新田義貞公の銅像がありました。

  <新田義貞公の銅像(左)・生品神社二の鳥居(右)>
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第二の鳥居をくぐってさらに参道を進むと、本殿前の境内にご神木の (くぬぎ)の幹が保存されていました。

案内によれば、新田義貞公が挙兵のとき大中黒の軍旗を挙げた椚の大木といいます。 このほか、境内には床几塚もありました。

     <ご神木「案内」(左)と椚のご神木(右)>
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本殿横の絵馬掛けに、子どものころを思い出させる懐かしい絵柄の「絵馬」 が奉納されていました。

鎌倉攻めの新田義貞が、黄金の太刀を海に投じて竜神に祈願する様子を描いたものです。

「諸願成就」の絵馬を見て、鎌倉攻めの新田義貞公や千早城攻めの楠正成公の絵本を読んだ、子どものころを思い出しました。

     <黄金の太刀を海に投ずる絵柄の絵馬>
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2009年10月 9日

やぶ塚かかし祭り(完)

ジュニア部門のかかしは、三島神社の境内に36点の作品が並んでいました。

小学生や幼稚園単位の作品は、大作が多く、見ていてほほえましく楽しいものがあります。

<画像下>= 太田市長賞:
          ネコバスに乗った南幼稚園の子どもたち
               太田市立藪塚本町南幼稚園(太田市)

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<画像下左>= 特別賞:
            紅小玉マンとちびっ子トランペペッターズ
        太田市立藪塚本町小学校3年生(太田市) 
        東日本高速道路㈱関東支社高崎管理事務所長賞

<画像下右>= 特選: 秋祭りへようこそ!
   大原南保育園(太田市) 東日本電信電話㈱群馬支店長賞

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<画像下左>= 特別賞: eco-eco理ecoとその仲間たち
            太田市立藪塚南小学校6年1組(太田市)
            全国農業協同組合連合会群馬県本部長賞


<画像下右>= 敢闘賞: みんなのかかし
            太田市立藪塚南小学校5年生(太田市)
                        ㈱太田タイムス社長賞

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<画像下>= 太田教育長賞: なんでもたべよう
                太田市立藪塚本町幼稚園(太田市)

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2009年10月 8日

やぶ塚かかし祭り(5)

やぶ塚のかかし祭りは、1984年に町東部のコスモス街道で始めたのが最初で、その時のかかしは49体だったと聞きました。

現在の三島神社公園で行われるようになったのは、88年の第5回 からで、年を追うごとに かかしも多くなってきたといいます。

<画像下左>= 参加賞: 出現!!三島神社のアモイ像
                            半田食品工業㈱

<画像下中>= 参加賞: 二宮エコ金次郎 関口新聞店
 (エコ金次郎が背負っていたのは、空のペットボトルでした。)

<画像下右>= 参加賞: ピカチューとボッチャマ 
                         西部消防署 藪塚分署

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<画像下左>= 参加賞: 戦国みつこ 弱くてどーもすいません
                     ホテルふせじまつゆくさの会

<画像下右>= 参加賞: クレヨンしんちゃん 
                         日本蛇族学術研究所

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<画像下左>= 参加賞: おおたん君が兼継に変~身!!
                オアシス(有)オアシス介後護センター

<画像下右>= 参加賞: かかし祭りに参加の僕
                アンパンマンバンザーイ 松崎 勝之
   
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2009年10月 7日

やぶ塚かかし祭り(4)

かかし祭りが行われているやぶ塚は、かかし祭りに合わせて周辺の観光にも力を入れています。

閑静な雰囲気の 「やぶ塚温泉」、映画木枯紋次郎で有名になったテーマパーク 「三日月村」、「ジャパンスネークセンター」、特産物があります。

何れの施設も一度は訪ねたことがありますが、だいぶ前の話となりました。 機会があればまた訪ねてみたいものです。

<画像下>= 特別賞: アンパンマン
  群馬のU字工事(太田市) JA東日本くみあい飼料㈱社長賞

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<画像下左>= 参加賞: お帰り若田さん かにがさわディケア

<画像下右>= 敢闘賞: 両さんの省エネすずめおとし 
 小林 恭子(前橋市) 太田市やぶ塚かかし祭り実行委員会長賞

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<画像下左>= 敢闘賞: うさぎとかめ 伴内こずえ(前橋市)
               太田市やぶ塚かかし祭り実行委員長賞

<画像下右>= 参加賞: ウサイン・ボルト 
                      しののめ信用金庫藪塚支店

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<画像下>= 参加賞: キティと妹のミミィ☆ 坂の上のサブ

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2009年10月 6日

やぶ塚かかし祭り(3)

やぶ塚のかかし祭りは今から26年前、農協職員が害鳥からイネを守るかかしに、感謝しようと創めたのが最初といいます。

今年は一般部門の作品が64点、ジュニア部門作品が36点、会場の三島神社公園とその周辺に立っています。

<画像下左>= 太田市長賞: 上州名物やきまんじゅうマン
                            三日月村(太田市) 

<画像下右>= 太田市議会議長賞: 神様 みるく(太田市)

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<画像下>= 特選: やぶ塚名産小玉スイカ
   「大きくなりすぎて ゴメンネ ゴメンネ」 戸塚 敏一(太田市)

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<画像下左>= 参加賞: 政権交代 花田 花子
           
<画像下右>= 敢闘賞: かかし祭りに鳩が舞い降りた 
                  ホテルふせじまフロント隊(太田市)

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<画像下>= 参加賞: 寿だるま「親ちゃん」「里ちゃん」
                   デイサービスセンター親孝行の里

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2009年10月 5日

やぶ塚かかし祭り(2)

かかし祭りを見て廻るとその世相が分かります。 数年前は小泉郵政改革、安部、福田総理、オリンピックなどを見ることができました。

今年は政権交代の鳩山総理やマイケルジャクソン、世界新のボルト選手、タレントのイモトや松村邦弘かかしなどがありました。

<画像下>= 特選: おおたんサンタがやってきた
                やぶつかスイカをたくさんつんで 
 コピーちゃん(藤生君代) (太田市) 東京電力㈱太田支社長賞

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<画像下左>= 特別賞: ベニこだマン
          マム本舗ナカゼン(太田市) 東武鉄道㈱社長賞

<画像下右>= 特別賞: やきそば大好き!! 
                    太田焼きそばマン 
 沢口 功(太田市) 全国農業協同組合連合会群馬県本部長賞

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<画像下左>= 特別賞: 清水次郎長
            なっちゃん、さっちゃん(太田市)
         東日本高速道路㈱関東支社高崎管理事務所長賞

<画像下右>= 敢闘賞: 何かヨウカイ?
            戸谷 敏一 (太田市) ㈱太田タイムス社長賞

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<画像下左側>= 敢闘賞: 「火の用心」 ヤッターマン イモト
             東部消防署韮川出張所 (太田市)
             太田やぶ塚かかし祭り実行委員会長賞

<画像下右側>= 敢闘賞: 生還!!松村邦弘
                     AEDのおかげです
             太田消防署 (太田市) 太田観光協会長賞

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2009年10月 4日

やぶ塚かかし祭り(1)

第26回やぶ塚かかし祭りが開催され、今年も見に行ってきました。

かかし祭りの会場である三島神社の境内に、「へのへのもへじ」 の顔をした日本一の巨大かかしが立っています。

昨年の暮れに、太田市新田商工会青年部が制作して立てたもので、今年のかかし祭りからお目見えするものです。

その巨大かかしが見下ろす田んぼの中で、今年から始めたという 「どろんこかかし相撲大会」 が行われていました。

力士は両足を縛って一本足となり、両手を広げてかかしとなってから押し合うものです。

押し合った二人が、土俵下の田んぼの中に落ちて体は泥んこです。

それを見ている観衆の笑いが止まりません。 今年が第一回大会、これから毎年続けて行われるそうです。 

<高さ10,5mの巨大かかし(左) どろんこかかし相撲(右)>
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<画像下左>= 敢闘賞: 恐竜農家のお手伝い
       小林 昌人(桐生市) ㈱太田コミュニテイ放送社長賞

<画像下右>= 特別賞: 実りの秋
        戸谷 克彦(太田市) 岡登堰土地改良区理事長賞

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<画像下左>= 敢闘賞:
世界で一番おいしいものを持って舞い下りたマイケルジャクソン

  武井漬物製造㈱(太田市) 群馬県農業協同組合中央会長賞

<画像下右>= 敢闘賞: 夫婦かかし
         JAやぶ塚本町(太田市) 太田市農業委員会長賞

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<画像下>= 太田市教育長賞: 牛とかかしの会話
                            1.6会 (太田市)
      
     モー ィヤー (働けど苦しいことばかり 楽にならず)
        新総理に頼むべー (生きがいの持てる社会 作ってよ)

 かかし 田んぼで見ているとサ 国民はよく働くよネー
        だけども 不満があるそうだよ ・・・・

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2009年3月25日

冠稲荷神社(完)

社務所前に、新田義貞公の手植えといわれる 「義貞公 金木犀」 があります。

秋の花の時期には、清々しい木犀の香りが辺り一面に薫るという大樹です。 聖木として大事に保存されていました。  

社務所の右手前に、樹令200余年といわれる 「彦九郎の松」 がありました。

高山彦九郎がこよなく愛した松といい、別の名を 「鳳凰の松」 と呼ばれ、美しい枝ぶりは観ていて見事です。

・義貞公 金木犀            ・彦九郎の松02042
義貞公 金木犀 の東側に、縁結び、夫婦和合、親子和合の神様を祀る 「聖天宮」 がありました。

朱塗りの鳥居をくぐって石段を上ると、社殿の扉は開いていて中はオープンでした。 厳かな気持ちで参拝し、華麗な彫刻や格天井など、社殿の中を拝観させてもらいました。

日本七稲荷社の一つ、太田の冠稲荷神社の安らぎの宮の森は、四季折々に風情のある趣を見せてくれます。 
こちらに出たときは、再度訪ねてみたいところです。 cherryblossom maple

・彫刻や格天井が見事な「聖天宮」(太田市指定重要文化財)
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2009年3月24日

冠稲荷神社(3)

伏見、豊川、信田、王子、妻恋、田沼と合わせて、日本稲荷七社の一つに数えら冠稲荷神社は、京都伏見稲荷大社の御分霊を奉斎するといいます。

ボケの見学で訪ねたときは、平成21年 宮の森「春の花まつり」の一つ、冠稲荷 「初午大祭」の準備中でした。

拝殿の前に 「義経公ご神水」の小さな社があります。 その手前に、花まつりで使われる 「茅の輪」が設置されていました。

・春の大祭を待つ「茅の輪」(左)と、茅の輪くぐりの案内(右)
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天然記念物のボケの東側に、甲(きのえ)参道があり冠稲荷神社で一番大きな 「甲大鳥居」 がそびえています。

その大鳥居をくぐって、朱塗りのぼんぼりを眺めながら甲参道を歩いて行くと、辰巳参道の手前に 「縁結びの桜」 がありました。

二手に分かれ再び結ばれた桜は、御神木として信仰があります。

縁結びの桜の近くには、安産、子宝、子育て祈願などで植えられた 「赤ちゃんボケ」 がありました。

厳かな清々しい 「安らぎの宮の森」 の散策も楽しいものです。 happy01

・甲参道の甲大鳥居            ・縁結びの桜
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2009年3月23日

冠稲荷神社(2)

天然記念物のボケに隣接して、吉方といわれる戌亥(北西)の方角に神狐たちが護る 「実咲(みさき)社」 があります。

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ご祭神は、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)のほか四柱を祀るといいます。

実咲社は、「縁結び」、「子宝」、「安産」、「子育て」、「健康」 など、 諸願成就を願う人たちの信仰を集めている社といいます。

朱塗りの鳥居をくぐると、白狐像の前には願いを込めて書いた絵馬が納められていました。

絵馬を納める白狐(神狐)前には、「子宝きつね」、「縁結びきつね」、「安産きつね」、「子育てきつね」 があります。

また、諸願成就を願う人には白狐の 「実(じつ)きつね」、「咲(さき)きつね」、「実咲(みさき)きつね」 がいました。

健康・長寿を願って 「実咲きつね」 をお参りし、境内東側の甲(きのえ)参道から辰巳(たつみ)参道に回って見ました。   つづく

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2009年3月22日

冠稲荷神社(1)

源義国の創建と伝えられる冠稲荷神社は、見どころの多い社です。

参道から拝殿へ進む左手には、手前から
七福神殿、八坂社・神楽殿・諏訪社、厳島社、菅原社、白狐社、琴平社と続き、戌亥鳥居が建つ戌亥参道に出ます。

・見事な彫刻と朱塗の色も鮮やかな冠稲荷神社の拝殿
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拝殿は、延享3年(1746)に創建、寛政11年(1799)に改築されたものといいます。 (太田市の指定重要文化財)

拝殿内には、群馬県指定の重要文化財、算額や懸額、天井の花鳥絵、欄間の彫刻など、素晴らしいものがあります。

・一番手前の七福神社(左)と、八坂社・神楽殿・諏訪社(右)
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・冠稲荷七福神殿
神木・霊木であの松・竹と、縁結び・健康長寿・魔除・吉祥木である椿を背に七福神が一堂に会する構図絵です。

・八坂社・神楽殿・諏訪社
冠稲荷の千貫大神輿が祀られています。 初午大祭では大神楽の舞台となるといいます。 大神楽を拝観してみたいものです。

・白狐社
白狐の像は何体あるのでしょうか? その数の多さに驚きました。

何れの社殿もオープンしています。 じっくりと観賞できるのが嬉しいです。  happy01 coldsweats01                  つづく

・願い事を神に伝える使者である白狐を納めた白狐社
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2009年3月21日

冠稲荷神社のボケ

19日の新聞に「樹齢400年、ボケ開花」の記事が載っていました。

20日の午前中、低気圧の通過でちょっと雨が降りましたが、直ぐに晴れてきたので午後から出かけました。

・南参道の「南鳥居」        ・南参道のカンヒザクラ
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太田市の新 「太田かるた」 の 『ほ』 の項に、
    ボケの花 きれいに咲くよ 冠稲荷  があります。

境内のほぼ中央で大きく枝を張るボケは、
「戦国時代の永禄年間(1558~70年)に、ボケの実を食べた女性が子宝に恵まれ、夫婦が感謝のしるしにボケの木を植えたとの言い伝えがある。」 と聞きました。

ボケは樹齢300~400年といわれ、群馬県の天然記念物に指定されています。

・高さ3,5メートル、枝張り9メートル四方というボケ
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冠稲荷のボケの前には、小さな赤ちゃんボケの木もありました。

冠稲荷神社の境内には、ソメイヨシノやシダレザクラもあります。

桜の咲くころに訪ねたら、シダレザクラなども見ごたえがあるだろうと思いながら境内を観て回りました。 

・咲き始めたボケ          ・カンヒザクラ
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2009年3月 4日

桐生市南公園

早春のひととき、桐生市南公園の梅を観に行ってきました。 

桐生市南公園は、市街地を見渡せる小高い丘の上にあります。

訪ねた時は五分咲きで、観梅の時季には少し早かったようです。

・芝生広場の回りに咲く紅梅と白梅
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南公園は、市民のレクリエーション活動の場として、運動施設・休養施設・広場・園路など、総合施設として開設されています。

梅林は、昭和56年から58年にかけて、南公園の植栽事業にかかる賛同者の寄付により植栽されたものといいます。

紅梅が410本、白梅が235本、合計645本の梅林といいます。

ウオーキングやジョギングで観梅を楽しんでいる人もいました。

また、テニスコートからは、爽やかな歓声が聞こえてきました。

・紅梅(左)とウオーキングコース上の五分咲きの梅林
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2009年1月29日

太田金山「新田神社」

太田金山の山頂に鎮座する新田神社。 その参道に金山のシンボル的存在の大ケヤキがあります。

金山の歴史を物語る大ケヤキ(樹高15m、枝ぶり40m以上)は、夏の青葉若葉の茂るころは見ごたえがあるでしょう。 
また、大ケヤキを背にして山頂から一望する関東平野の眺めは実に素晴らしいものがありました。

・大ケヤキ              ・新田神社
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新田神社本殿前の 「謹記」 によれば、
新田神社
  祭神:新田義貞公
  明治13年(1880)造営竣工し、昭和9年(1934)金山城址全域
  が、「名勝天然記念物」 に指定される。
  例祭: 1月1日 元旦祭、     2月11日 建国祭、   
       4月8日 春季例大祭  11月 2日 秋季例大祭

新田神社本殿と並んで西側に御嶽神社があります。

御嶽神社
  祭神:国乃常立神(くにのとこたちのかみ)
  神徳= 国土安穏・出世成功・開運招福

  祭神:大己貴神(おおなむちのかみ)
  神徳= 縁結び・子授け・夫婦和合・五穀豊穣・商売繁盛

  祭神:少彦名神(すくなひこのかみ)
  神徳= 医薬・酒・温泉・農業の神・病難を救って安産
      ・育児の守護神

・御嶽神社              ・奉納絵馬
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本殿の横には、一年の招福を祈願して奉納絵馬がありました。
家内安全、合格必勝など、今年は「」の絵馬も多く見られました。

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2009年1月28日

太田・金山城跡(続)

金山城は、文明元年(1469)築城し、天正16年(1588)に北条氏に明け渡した後の、同18年(1590)の北条氏の滅亡により廃城になったと聞いています。

 <画像下左> 物見台から 馬場下通 を見下ろして撮りました。
 <画像下右> 月ノ池の上にあった大手虎口(おおてこぐち)
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金山城は、戦いによって落城したことがないといます。 その理由の一つに、頂上近くで水が得られたことがあげるられるといいます。 
復元された、月ノ池日ノ池 を観賞してきました。

<画像下> 大手虎口下の月ノ池(左)と本丸近くの日ノ池(右)
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 <画像下左> きれいに石積みされ古城の風格が漂う城跡
 <画像下右> 本丸の西手に建つ 「金山城」 の石碑です。
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2009年1月27日

太田・金山城跡

標高223mという太田金山は、上空から見ると一段低い馬蹄形の山地がとりまいているといいます。

金山の山頂を中心に、中世の山城 「金山城」 が形成されていた所と聞いて訪ねてみました。

 <画像下左> 国指定史跡 「金山城跡」 への登り口です。
 登り口は金山の西側にあり、山頂までおよそ600mと聞きました。

 <画像下右> 途中にあった 西矢倉台下堀切 です。 
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 <画像下左> 馬場下通路 の一部です。

物見台の眺望はすばらしく、上毛三山、浅間山、秩父連山などの大パノラマが一望できました。

 <画像下右> 物見台から見た西の 浅間山方面 です。
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 <画像下左> 物見台から見た北の 赤城山方面 です。

 <画像下右> 物見台から見た東の 男体山方面 です。
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山頂の新田神社を中心に、
本丸・二の丸・三の丸・馬場・日の池・月の池・矢倉台・城門跡など、史跡の見どころがたくさんあります。     つづく

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2009年1月25日

祥寿山曹源寺(さざえ堂)続

日本三大さざえ堂の一つ、祥寿山曹源寺 「さざえ堂」 の拝観時間は、午前10時から午後3時までです。

・2階内陣中央の観音様     ・3階内陣中央の観音様
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日本三大さざえ堂の一つで、秩父・坂東・西国札所の観音像百体が安置されています。

1階は秩父三十四観音、2階は坂東三十三観音、3階は西国三十三観音が並んでいました。

さざえ堂といえば、埼玉県児玉町の 「平等山成身院」 と、福島県会津若松市の 「正宗寺円通三匝堂」 が有名のようです。

埼玉県児玉町は比較的近い位置にあります。 小高い山の中腹に建つという 「平等山成身院」を一度訪ねてみたいものです。

・2階の回廊に並ぶ不動明王尊、魔除地蔵尊、神・仏?像
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新 「太田かるた」 の 『』 の項に、
     『アジサイの 百観音の さざえ堂』 があります。

上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「女郎花」(おみなえし)寺の他にアジサイが咲く寺でもあります。

太田かるたのとおり、寺の周辺には百株のアジサイが植えられており、梅雨期には美しい花が楽しめるといいます。

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2009年1月24日

祥寿山曹源寺(さざえ堂)

通称 「さざえ堂」 で知られる曹源寺本堂には、秩父三十四番、坂東三十三番、西国三十三番札所の百観音が祀られています。

・木造り3層の「さざえ堂」    ・1階の「魚藍観世音菩薩」
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1階コの字型の内陣中央に、魚藍観世音菩薩が祀られています。

コの字型の左側に秩父三十四観音の第一番から第八番まで、右側に第九番から第十六番までの観音が並んでいます。

ラセン状建築の廊下へ出ると、秩父第十七番から三十四番札所までの観音が拝観できます。 

続いて2階の坂東三十三観音、3階の西国三十三観音と、同じ通路を通らずに、百体の観音様を拝観することができます。

仏の前を右に回って退出するという、「右繞三匝」(うにょうさんそう)の仏教儀礼を、ここ さざえ堂にきて初めて知りました。

県の重要文化財に指定されているさざえ堂は、日本三大さざえ堂の最大級ともいわれています。

さざえ堂で百観音参りがきることは願ってもないことです。  つづく

・1階に並ぶ秩父三十四番観音(右1番~左16番まで)
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2009年1月23日

上州太田七福神めぐり(7)

上州太田七福神めぐりの第7番札所は、祥寿山曹源寺の「布袋尊」です。 また、曹源寺は通称 「さざえ堂」 とも呼ばれています。

山門には二王像を祀り、本堂は高さ10m、間口奥行きともに14mという木造3層造りの珍しい本堂です。

・曹源寺「山門」         ・曹源寺「本堂」(さざえ堂)
020024
寺院案内によれば、
「文治3年(1187)新田義重公が京都からの養姫、祥寿姫(しょうじゅひめ)の菩提を弔うために建立したと伝えられる。」

「構造は、江戸本所五ッ目の名刹天恩山羅漢寺の 「三匝堂」 (さんそうどう)の構造を継承している。」

「本尊をお詣りするとき、本尊を中心にしてその周りを右回りで三回巡ると、元の位置に戻って礼拝できるように造られている。」
と、記されていました。

堂内の拝観と撮影許可をお願いし、撮影許可をいただいたのちに、三匝堂内の仏像を拝観し参拝して回りました。

布袋尊は堂内に入って直ぐと、ご本尊の前に安置されていました。

布袋尊に福徳円満家内安全を祈願し、本堂を1階から3階へと右回りに百観音や諸仏を拝観して回りました。 

・本堂内の布袋尊像
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祥寿山曹源寺は、
上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「女郎花」 (おみなえし)寺です。

日当たりのよい草原に生える黄色い花は可憐で、
美人」、「親切」、「やさしさ」、「純真」 などの花言葉があります。

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2009年1月22日

上州太田七福神めぐり(6)

上州太田七福神めぐりの第6番札所は、金井山永福寺の「寿老人」です。

・永福寺「本堂」
015 永福寺は金山城の東北、鬼門に位置することから 「金井」 の村名とあわせて 
 金井山護城院永福寺 と称したといいます。
 永福寺は曹洞宗の寺院で、
 ご本尊は、釈迦如来 です。
創建年代は不明といいますが、
「応永24年(1417)金山城の横瀬信濃守貞氏が金山の居城再建の際、祖父の追善供養のため、現在地に移して再建した。」
といわれています。

・堂内の「寿老人」
013 本堂の脇に寿老人を祀る小さなお堂があります。
 格子戸が閉まっていて、堂内でのお参りができません。
 「無病息災・延命長寿」 を祈願し、格子戸の間から堂内の寿老人を撮らせてもらいました。

・名号角塔婆(みようごうかくとうば)
018 永福寺の名号角塔婆 
 (太田市指定重要文化財) 
 高さ99m、幅26m といいます。
 名号角塔婆とは、六字名号を刻む浄土信仰に基づく供養塔といいます。
 「東と西の二面には、『南無阿弥陀仏』 の六名号が刻まれている。」
 「南面の 『不許葷酒入山門』 のほか、地面にも追刻があり、後世桔堺石として用いられている。」
と、史跡案内に記されていました。 しかし、名号角塔婆から六名号などは読み取ることができませんでした。

金井山護城院永福寺は、
上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「尾花」(おばな)寺です。

ススキまたはカヤともいわれるススキの花穂(かすい)は、尾花と呼ばれています。 
尾花は動物の尾に似ていることから名づけられたと聞きます。

ススキは秋の野の風情を感じる植物です。 花ことばに 「勢力」、「活力」 があります。

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2009年1月21日

上州太田七福神めぐり(5)

上州太田七福神めぐりの第5番札所は、宗光山玉巌寺の「福禄寿」です。

・玉巌寺 「山門」     
004 参道の石段を上ると、
 新田大炊介義重公二三世源徳純書によるという 「金城窟」 の額のかかる山門がありました。
 続いて、20段ほどの階段を上ると、狭い境内に間口八間、奥行き六間という本堂が建っています。

金山の東麓に位置する玉巌寺は、冬の短い日差しですっかり日陰となっています。

・玉巌寺 「本堂」
005 本堂前の 「寺伝」 によれば、
 「本堂には、新田義貞、義頸、義興、義宗、横瀬貞国公の位牌厨子を安置します。
 また太田七福神めぐりの福禄寿を祀る。」 と、記されていました。


・福運招来の福禄寿       
006_2 本堂の前に、福禄寿像を祀るお堂があります。
 そのお堂と向かい合って虚空蔵堂が建っています。
 上州太田七福神めぐりの 「福禄寿スタンプ」 には、福運招来禄体増大寿長延命と記されています。
 欲張って寿長延命を祈願しました。

・虚空蔵堂
007 宗光山玉巌寺は、
 「上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草「藤袴」(ふじばかま)寺です。
 奈良時代に中国から渡来したというフジバカマは、川の土手などに生えるキク科の多年草です。
 「優しい思い出」、「ためらい」、「あの日のことを思い出す」 の花言葉があります。

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2009年1月20日

上州太田七福神めぐり(4)

上州太田七福神めぐりの第4番札所は、太田山金龍寺の毘沙門天です。

・曹洞宗金龍寺の「本堂」
002 金龍寺の正式名は、
 「太田山義貞院金龍寺」 です。
 寺院案内によれば、
 新田義貞公の菩提所です。
 「応永24年(1417)、金山城主横瀬貞氏祖父義貞公の遺骨を越前(福井県)より転葬し、本像を安置する。 法名金龍寺殿眞山良悟大禅定門」 と記されていました。

・境内に並ぶ七福神像
003 本堂には、
 五百羅漢像毘沙門天像を安置するといいます。
 五百羅漢像は拝観したかったのですが、拝観できず残念です。
 次の機会に是非観てみたいものです。

境内に七福神像が並んでいます。 毘沙門天は中央にいます。

・五輪塔と供養塔
004 本堂の裏へ回って見ると、
 横瀬(由良)氏一族縁者の供養塔で、長享2年(1488)~天正6年(1578)にかけての五輪塔9基が並んでいました。
 また、新田義貞公の供養塔もあり、五輪塔や供養塔の説明、系譜などが記された案内板も出ていました。
新田義貞公の菩提寺です。 古い歴史を感じさせてくれます。

太田山金龍寺は、
上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「桔梗」(ききょう)寺です。

ききょうの花色は、青紫、白、ピンクとありますが、高貴な色合いの青紫が好きです。

花ことばに 「気品」、「誠実」、「従順」、「変わらぬ愛」 とあり、桔梗は私の好きな花の一つです。

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2009年1月19日

上州太田七福神めぐり(3-2)

子育て呑龍様で知られる大光院は、境内の西側に大きな「開山堂」があります。

開山堂は、鉄筋コンクリート造りの桃山風建築物で、
昭和8年(1933)六十七世實譽上人代に落成したといいます。

・開山堂               ・甘露水
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正面壇上には開基子育て呑龍上人自作の尊像が祀られ、御開帳は毎月1日、8日、15日 といいます。

「甘露水」の案内版によれば、
「越後高田に学識に優れ順應という僧が、悪疫に罹り、止むなく米塩を断ち呑龍上人に祈願した。」

「満願の夜、此處の井水を以て治療せよと上人告げられ、老僧これに浴し三日にして全快せり。」
「その後、この薬水を甘露水という。」 と、記されていました。

ハイキングコースにもなっている裏山には、呑龍上人廟新田義重公の墓がありました。 廟や墓の横には、それぞれに案内が出ています。 大光院の歴史を知る上で大変勉強になりました。

・呑龍上人廟            ・新田義重公の墓
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義重山新田寺大光院は、
上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「葛」(くず)の寺です。

香りのする花木といえば、5月ころのニセアカシア、7・8月のクズの花、10月のキンモクセイ、1・2月のロウバイがあります。

   ランナーが 葛の香運ぶ 我もまた   昭一

10数年前、サイクリングコースでジョギング中に詠んだ一句です。

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2009年1月18日

上州太田七福神めぐり(3-1)

上州太田七福神めぐりの第3番札所は、「子育て呑龍様」で有名な大光院の「弁財天」です。

・山門から本堂を撮る
028_2 大光院の正式名は、 
 義重山新田寺大光院 です。
 (新田義重公の法名といいます)
 浄土宗の寺院で、
 ご本尊は、阿弥陀如来です。
 本堂中央の須弥壇に阿弥陀仏、
 脇壇には新田義重公、徳川家康公、秀忠公、家光公、歴代上人の像を祀るといいます。

・吉祥門 (太田市指定重要文化財)        
029 大光院吉祥門は、
 「元和元年(1615)に中門として建立された。」
 「名前の由来は、この門が上棟された日に大阪城が落城し、徳川方にとってはめだたく記念すべきことであり、徳川家康公により吉祥門と名付けられた。」 との言い伝えがあるといいます。

弁財天を祀るお堂は、本堂と呑龍上人を祀る開山堂をつなぐ、回廊をくぐった先にありました。

小さなお堂に祀られる弁財天は、子育て呑龍様とともに多くの庶民から篤い信仰を集めています。

学問、知恵、財福の神弁財天をお参りして、裏山の史跡鑑賞に出向きました。               つづく

・七福神中唯一の女神である 「弁財天」 を祀るお堂
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2009年1月17日

上州太田七福神めぐり(2)

上州太田七福神めぐりの第2番札所は、離悩山受楽寺の「大国天」です。

寺院の正式名称は 「離悩山悉除院(しつじょいん)受楽寺」 といい、「悩みを悉(ことごと)く除いて、楽を受けるお寺」 と聞きました。

・唯一戦災を逃れた山門
036 寺院は数回の焼失と再建が繰り返された後、昭和33年(1958)現在の高台に移転したといいます。

 唯一戦災をを逃れた「山門」は、文化元年(1804)の建立で昔の面影をとどめています。

山門北側の彫刻のことは後で知りました。
欄間には、すぐれた 「梅妻鶴子」(ばいさいかくし) の彫刻が残るといいます。 観賞してこなかったことが残念です。

山門をくぐると、境内には石造りの大国天が祀られていました。 
また、本堂内の右手には、木造りの大国天が祀られていました。

大国天は、右手に打ち出の小槌を持ち、背中に大きな袋をかけて、にこやかなお顔をして米俵の上に乗っていました。

子どものころを思い出しました、童謡 「大国さまの」 の一節です。

   ♪ 大きな袋を かたにかけ
             大国さまが 来(き)かかると
        ここにいなばの 白うさぎ
             皮をむかれて あかはだか ・・・・
 

・境内に祀る石の大国天    ・大国天を祀る本堂
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離悩山受楽寺は、
上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「」(はぎ)寺です。

小さな紅紫色の花をつけた萩は、初秋の訪れを告げてくれます。 「清楚」、「誠実」、「柔らかな心」 などの花ことばがあります。

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2009年1月16日

上州太田七福神めぐり(1)

太田市の中央にそびえる金山(235,8m)の山すそに点在する、
上州太田七福神めぐり」 に行ってきました。

恵比寿神を祀る第一番札所の三宝山長念寺は、桜の名所八瀬川沿いに建っています。

・山門前の「念仏六地蔵尊」  ・恵比寿神を祀る浄土院
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一方通行の八瀬川沿いをぐるぐる回って、やっと駐車場に落ち着き、細い路地を抜けて長念寺に着きました。

去る11日参加人員約800人という「新春上州太田七福神めぐり」 のウオーキング大会があったばかりで、今日は森閑としています。

本堂の横に、恵比寿神を祀る浄土院があります。 
案内を請うて院内に入り、冊子 『上州太田七福神めぐり』 を買い求めて、恵比寿神を拝観し、参拝することができました。 

・恵比寿神を祀る浄土院の横に並ぶ 「七福神」
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画像上左から ・布袋尊  ・寿老人  ・大国天  ・恵比寿    
          ・弁財天  ・福禄寿  ・毘沙門天

三宝山長念寺は、「上州太田七草寺めぐり」 の秋の七草 「撫子」(なでしこ) 寺です。

この時期、撫子の花は咲いていませんが、8・9月頃にはピンク色の5弁の花を咲かせることでしょう。

草丈約50cmの日本女性的な撫子の花など、太田秋の七草寺巡りもしてみたいものです。

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2009年1月14日

桐生七福神めぐり(7)

桐生七福神めぐり第7番札所は、梅田山西方寺の布袋尊です。

車から降りると高さ20mの大きな十三重の塔がそびえていました。

・そびえる十三重の塔  ・大きな袋を肩にかけた布袋尊
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西方寺の布袋尊は、弘法大師堂と並んで建っていました。

大きなお腹を出して布袋を担いだ姿の布袋尊は、中国唐代の禅僧といわれています。 

七福神のなかでは 「福徳・良縁・子宝の神」 として庶民のあつい信仰があります。

西方寺のご本尊は阿弥陀如来で、「西方寺木彫阿弥陀如来像」 は、桐生市の重要文化財に指定されています。

境内は庭園として整備されています。 手入れの行き届いた庭園に建つ鐘楼は、ひときわ引き立って見えました。

梅田山西方寺の本堂前では、清々しい気持ちでお参りすることができました。  合掌

・梅田山西方寺本堂       ・手入れされた庭園と鐘楼
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2009年1月13日

桐生七福神めぐり(6-2)

桐生七福神めぐり第4番札所の毘沙門天は、鳳仙寺の本堂の前に建っていました。

・毘沙門天
045 右手に槍(宝棒)を持ち、左手に宝珠を捧げ怒りの表情の毘沙門天は、厄除け福徳、勝負の神様として信仰があります。
 また仏教では守護神の四天王として須弥山に住み北方を守る、別名 「多聞天」 としての信仰もあります。

 毘沙門天といえば、佐渡市平清水の毘沙門さんの縁日を思い出します。 

2月2日の夜から3日の早朝にかけて、無病息災を願って毘沙門天にお参りをします。 その後に竹の皮につつんだ白アメ(ハツアメ)を買ってなめた記憶があります。 coldsweats01 

寒い2月2日が来ます。 今でも縁日は続いているのでしょうか?

・桐生山鳳仙寺全図
048 古刹の鳳仙寺には、桐生市指定の文化財があります。
 (重要文化財)
 ・方丈形式の 「本堂
 ・三間一戸の 「山門」(楼門)
 ・容易に回転する 「輪蔵
 ・市内最古の 「梵鐘

  (指定史跡)   ・桐生城主 由良成繁の墓

・カヤの木と鳳仙寺本堂
049 本堂の前に、桐生市指定の保存樹 「カヤ」 の木があります。
 高さ29,5m、幹の周囲3,72m、推定樹令520年といいます。
 カメラに収めようとしましたが、大きくて境内ではカメラに収まりませんでした。
桐生市の緑を育て自然を守る事業の保存樹といいます。
いつまでも大事に育ててほしいと願いながら鳳仙寺を後にしました。

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2009年1月12日

桐生七福神めぐり(6-1)

桐生七福神めぐり第6番札所は、桐生山鳳仙寺の毘沙門天です。

桐生山鳳仙寺は、桐生市梅田町1丁目の山あいにありました。 

曹洞宗桐生山鳳仙寺の 「鳳仙寺由緒略記」 によれば、

・参道に架かる「鳳仙寺橋」
039 本  尊 : 釈迦牟尼如来
 脇  待 : 文殊菩薩・普賢菩薩
 開  山 : 勅賜仏広常照禅師
 開  基 : 桐生城主
        由良信濃守成公
 開山年 : 天正2年(1574)
 寺  格 : 曹洞宗常法幛別格地

薄暗い坂道の参道を上ると鳳仙寺橋と鳥居があり、その向こうの石段の上に桐生市指定の文化財 「山門」 がそびえています。

山門(楼門)左の間には、南方守護神の 「増長天」 が、右の間には東方守護神の 「持国天」 が安置されていました。 
守護神像の塗装のはがれを見て、古い時代の仏像と感じました。

山門の前に、赤い帽子を被った 「疣地蔵尊」 が祀られていました。

疣地蔵尊横の案内によれば、
「江戸時代より 『心の疣』 病の疣仏様として里人の信仰あり現在に至る。」 と、記されていました。

佐渡島のみそなめ地蔵や目洗い地蔵、おどり地蔵は聞いていますが、疣地蔵とは珍しい地蔵尊と出合いました。 coldsweats01   (つづく)

・南方守護神「増長天」 ・東方守護神「持国天」 ・疣地蔵尊
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2009年1月11日

桐生七福神めぐり(5)

桐生七福神めぐり第五番札所は、桂林山久昌寺の恵比寿神です。

これまでの山手通りから県道に出て、梅田湖に向かって走ります。

・桂林山久昌寺「本堂」
036 商売繁盛の神恵比寿神は、
天神町3丁目の曹洞宗久昌寺の境内にありました。
 十三重塔~地蔵菩薩の前を通り過ぎると、恵比寿神が満面の笑顔をして建っていました。
 右手に釣り竿を持ち、左脇に大きな鯛を抱えた、福福しいお顔の恵比寿神です。

よく見ると恵比寿神石像の前に、もう一つ恵比寿神を祀る小さなお堂がありました。 
堂内を覗いて見ると、木彫りの恵比寿神が祀られていました。

本堂前の境内には、可愛い「合掌小僧」像や十六羅漢のなでぼとけこと「賓頭盧尊者」(びんづるそんじゃ)が並んでいました。

冬の暖かい日差しを受けながら諸仏を鑑賞し参拝しました。 合掌

・石造の恵比寿神  ・恵比寿神のお堂  ・木彫りの恵比寿神
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2009年1月10日

桐生七福神めぐり(4)

桐生七福神めぐり第四番札所は、仙守山青蓮寺の福禄寿です。

・福禄寿を祀る「地蔵堂」
028 桐生七福神の福録寿は、本堂前の日限地蔵堂に祀られています。

 『福』 は幸福を、『録』 は収入を、『寿』 は長寿につながるものとして善男善女に親しまれています。 と、寺院案内に記されていました。

日限地蔵堂には、頸継(くびつぎ)地蔵尊が祀られています。 
桐生城落城の折、一族が首を切られずにすんだのはこの頸継地蔵尊に守られたからと伝えられています。

戸が閉まっていて堂内は覗くことができません。 頸継地蔵尊と福禄寿を拝観したかったです。

・時宗仙守山青蓮寺「本堂」
026 ご本尊は、国の重要文化財に指定されている 「善光寺三尊仏」 といいます。
 ご本尊は秘仏として、大切に守り継がれており、ご開帳は秋の彼岸の中日に開催され誰もが参拝できるといいます。
普段のお参りは、お前立ちの阿弥陀仏を拝むといいます。

・一遍上人像
024_2 本堂の横には時宗の開祖一遍上人像が建っていました。
 一遍上人(1239~89)は、鎌倉時代中期の僧で、時宗を開祖した、躍り念仏を広めた僧という程度の知識しかありません。 
 折角の機会です。 帰宅後ネットで調べてみました。
 法諱は「智真」。「一遍上人」、「遊行(ゆうぎょう)上人」、「捨聖(すてじり)」 と、尊称されたといいます。

宗祖御詠歌
  旅ころも 木の根 かやの根いずくかに
                 身の捨てられぬ処あるべき
心に残る一遍上人の一首です。 「南無阿彌陀佛」   合掌

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2009年1月 9日

桐生七福神めぐり(3)

桐生七福神めぐり第三番札所は、妙高山法経寺の大国天です。

・日蓮宗妙高山法経寺「本堂」
022 ここの寺院も山手通りにあって、坂道を上った高台に本堂がありました。 
 法経寺の大国天は、手のひらに乗る小さな「大国天」と聞いて来ました。


大国天は、本堂左手の御堂 「大国殿」 に安置されています。 

・大国天を祀る「大国殿」
021 参拝を済ませて御堂の中を覗いて見ました。 
 正面上段に大国天を安置する厨子が見えました。
 小さな大国天は、歴代の住職が百カ日の大荒行をして受け継いできた大国天と聞いています。 
御堂内での拝観ができなかったのが心残りです。

本堂右手の山際に、合掌しながら念ずるお姿の日蓮聖人像が建っていました。

・日蓮上人立像
023 日蓮聖人といえば、文永8年(1271)鎌倉幕府の北条時宗によって、佐渡へ配流となった日蓮聖人を思い出します。

 新穂塚原根本寺の三味堂、県内で一つという阿仏房妙宣寺の五重塔、日蓮ゆかりの寺 実相寺妙照寺、弟子日朝が赦免状を頸にかけて読経したという、小木の景勝地 「矢島・経島」 の「経島」などです。

ここ桐生七福神めぐりの日蓮宗妙高山法経寺を訪ねて、日蓮聖人にかかる佐渡の史跡めぐりをしてみたいと思いました。

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2009年1月 8日

桐生七福神めぐり(2)

桐生七福神めぐり第二番札所は、平等山妙音寺の寿老人です。

・妙音寺への石段
013 高野山真言宗 平等山妙音寺のご本尊は不動明王です。 
 南無不動明王と染め抜かれた、赤い幟旗が立つ石段を上った所が境内です。
 本堂の前には、不動明王石像が建っていました。
高台の境内は狭く、本堂が大きくてカメラに収まりません。

七福神の寿老人は、本堂前の松の根元に安置されていました。

白髪に白ひげをたらし、寿命を延ばすという杖を持ち、笑顔を絶やさず鹿を伴っています。  

寿老人は中国宋時代の人と聞いています。 
七福神の中で 「長寿と幸福」 の神として信仰されています。

・不動明王立像(左)と、長寿を授ける寿老人
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2009年1月 7日

桐生七福神めぐり(1)

新春の晴れた一日、一年の招福・開運を願って桐生七福神めぐりに行ってきました。

桐生七福神めぐりは、桐生市宮本町の光明寺をスタートして、山手通りを梅田町方面へ進みます。

・大慈山光明寺
012 桐生七福神第一番札所
 ・福徳財宝 大弁財天

 東毛三十二番札所
 ・家内安全
 ・諸願成就 千手観世音
 ・安産子育 水子地蔵尊
 ・開運厄除 千 庚 申

・大弁財天と宝珠弁財天
003 弁財天は、本堂下の境内にありました。
 浄財箱の向うに、弁財天が持つ宝珠をかたどった宝珠弁財天が安置されていました。
 珍しい宝珠弁財天を拝観することができました。

弁財天の横の案内に 「弁財天信仰」 のことが書かれていました。

「弁財天信仰は「巳待」(みまち)といって、特に正月最初の巳の日を「初巳」といい、60日に1回巡ってくる「巳巳」(つちのとみ)が縁日で信者はこれらの日に詣でます。」 とありました。

本堂と並んで東毛三十二番札所千手観音堂がありました。 

千手観音堂の案内によれば、
「古記の伝えるところによると、聖武天皇天平宝宇11年(639)行基菩薩、聖武天皇の勅使により観音像1体を刻みてこの地に一宇の堂を建立す。」

「爾来千二百有余年、開運厄除・安産子育・諸願成就の霊験あらたかにして多くの人々の皈依厚く今日に至る。」
と、記されていました。

ご詠歌 有難たや 誓いも深き千手堂 二世安楽と 誰したのまん

・光明寺「本堂」(左)と、東毛三十二番札所「千手観音堂」
006009

また、お堂の周りには水子地蔵尊や千庚申塔が並んでいました。

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