ぐんま・西部エリア

2017年11月23日

妙義山石門めぐり(3)

下山者が積み上げて来た、大きな岩の上の小石積みです。
私も小さな石を一つ拾って積み上げてから下山です。

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綺麗な紅葉を観てカメラを向けました。

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昨年もここに来て、二人の記の写真を撮ってもらいました。
再び訪れた中之岳神社裏の轟岩後方の石宮です。 
今年も二人でカメラに収まりました。

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石宮の横から見上げた金銅山の紅葉です。

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カメラを横に向けて妙義山の奇岩と紅葉をカメラに収めました。

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中之岳神社の社殿横に立って、先ほどまで登って居た轟岩を見上げて撮りました。

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中之岳神社の急な石段の下りて来て、大国神社の参拝です。
妙義山の石門めぐりに初挑戦の友達も笑顔です。

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左手の大国様は打ち出の小槌を持って立って居ます。

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右手の大国様は剣を持って立って居ます。 珍しい大国様です。

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手水場の不動明王坐像、光背の炎がひと際赤く燃えて見えます。

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日本一大きな大黒様と言われています。
右手には打ち出の小槌ではなく、大きな剣を持って居ます。

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今年も昨年同様、晴天と見事な紅葉に恵まれた妙義山石門めぐりの一日となりました。                 完

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2017年11月22日

妙義山石門めぐり(2)

第四石門前の広場での昼食は、大砲岩とゆるぎ岩を眺めながら美味しく戴きました。
食後は広場横の岩場に出て、大砲岩とゆるぎ岩を見上げてカメラに収めました。

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続いてカメラを右に振って、先ほど苦労しながらくぐり抜けて来た第二石門を撮りました。
今の時間帯は逆光ですが、ここから見下ろす景色は 「日暮しの景」 と呼ばれハイカーに人気の絶景です。

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第四石門をくぐり抜けて山道を少し登った所で、大砲岩がよく見える場所に着きました。

と、誰かが大砲岩の上に立って居ます。
私にとっては昔話しになりますが、20数年前の還暦祝に1回だけ大砲岩の上に立ったことがあります。 

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大砲岩を撮った後は、振り返って金洞山の方向を撮りました。

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カメラを持って立って居る岩の下に見える紅葉です。

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大砲岩を眺めた後は、山道を歩いて見晴らし台に来ました。
先ほど第四石門で眺めた大砲岩(左)とゆるぎ岩(右)が見えます。

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カメラを左に振って、見晴らし台から眺めた金洞山です。

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見晴らし台の下に居た登山者に頼んで、友だちと4人揃っての記念写真を撮って貰いました。
岩場の下で何人かの登山者が待って居ます。
狭い岩場の見晴らし台は直ぐに交代が必要です。

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奇岩と紅葉のコントラストが見事です。

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今度は見上げての紅葉です。

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見晴らし台付近は順番待ちです。 
私たちは、見晴らし台での席を譲って中之岳神社へと下ります。

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2017年11月21日

妙義山石門めぐり(1)

昨年同様、今年も11月7日に妙義山石門めぐりに挑戦しました。
今年は友だち夫妻と一緒の楽しい石門めぐりでした。

中之岳神社の駐車場から眺めた金洞山の雄姿です。

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手前がさくらの里です。
また前方の景色は、ここへ来るときに車で登って来た金鶏山付近の山々です。

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駐車場を出て、県道を歩いて石門登山口に向かいます。
その途中、天空を突くような奇岩を見上げて撮りました。

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カニの横ばいのクサリ場を過ぎた所で、大きな口を開けた第一石門を撮りました。

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第一石門をくぐり抜け、少し登った所から振り返って第一石門の岩の上を撮りました。 手前の紅葉が綺麗です。

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第二石門が見えて来ました。
私たちが駐車場に着いた時、観光バスの登山者が大勢出掛けて行きました。
その観光客が、第二石門くぐりに挑戦して居ます。

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後から追いついた私てちも第二石門くぐりにチャレンジです。
最初に私が岩場を登ってくぐります。

石門口へ登った所で立ち止まり、前方に見る大砲岩(左)とゆるぎ岩(右)をカメラに収めました。
今度はクサリに掴りながら後ろ向きになって石門を下ります。

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続いて、友だちがクサリに掴りながら第二石門を下りて来ます。

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急な坂道を登って第三石門まで来ました。
ここは石門の前に立って、周りの紅葉を撮って第四石門へと向かいます。

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大きな口を開けて待って居た第四石門です。
石門の向こうに、左に大砲岩、右にゆるぎ岩が見えます。
第四石門を額縁にみたてて、一服の絵を観るようです。

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石門前の広場で持参した弁当を広げました。
山登りで汗をかいた後、山で食べるおにぎりは一味違うようです。

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2017年11月 8日

めがね橋へ(完)

帰りは緩い下り坂です。 
寄り道なしで5号、4号、3号トンネルと抜けたところで、往きに立ち寄った碓氷湖をカメラに収めてひと息入れました。

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2号トンネルを受けた所で、大きな木を挟む光景に出合いました。
回り込んでカメラに収めてから更に下ります。

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昨年も昼食で立ち寄った、国道18号沿いの玉屋ドライブインです。

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250年以上の歴史がある老舗の名物 「力もち」 です。
力もちとラーメンセット(¥850)を食べて、仏様へのお土産(¥570)を買って玉屋さんを出ました。

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昼食後は軽い運動です。 峠の湯駐車場周辺の散策です。
池の側の大きなホウバの葉っぱが残って居ました。

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↑、葉っぱが大きければホウバの葉としか知らない年寄りです。
   山小屋さんが、「トチの木の葉っぱ」 と教えてくれました。

池にはたくさんの鯉が居ます。 近づくとこちらへ寄って来ます。

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秋晴れの一日、静かな碓氷湖を一周してアプトの道をめがね橋まで、楽しく歩くことが出来た嬉しい日となりました。

≪おまけ≫
第60回 関東菊花大会作品の中の一つ、「本能寺の変」 の菊人形のアップです。

<森蘭丸を打ち取った安田作兵衛>
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<安田作兵衛に討たれた森蘭丸>
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<織田武者(そ.の壱)>
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<織田武者(その弐)>
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<本能寺の変の織田信長>
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2017年11月 7日

めがね橋へ(4)

一周約1,2㌔の碓氷湖を歩いて、再びアプトの道へ戻りました。
目の前に見えてきたのは第3号トンネルです。
長さ78㍍、次の第4号トンネルの入り口も見えます。

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第4号トンネルの入り口に来ました。
長さ100㍍の真直ぐなトンネルです。 次の第5号トンネルの入り口も見えます。

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第5号トンネルの入り口に来ました。
長さ244㍍、ここを抜けるとめがね橋の上に出ます。
薄暗いトンネルを歩いて行くと、観光バスの人たちとの大勢の出合いがありました。

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5号トンネルを抜けると直ぐ、人が少ない橋の上で記念撮影です。

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めがね橋の真ん中に来て山の景色を撮りました。

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続いて橋の下、国道18号を見降ろして撮りました。

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今年も元気で歩いて来ました。 めがね橋での記念撮影です。
 
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下からめがね橋を撮ろうと坂道を下ります。
その途中で、逆光のめがね橋を見上げて撮りました。

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国重要文化財の碓氷第三橋梁(通称めがね橋)の景観です。

「1893年の信越線開通に合わせて、92年に建造され、急勾配の鉄道を支えて来ためがね橋です。
高さ31㍍、長さ91㍍のれんが造りのアーチ橋としては、国内最大のもの」 と言われて居ます。

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めがね橋の上を歩いて次の第6号トンネルの前に来て、薄暗いトンネルの中を覗いて引き返します。
昨年に続いて今年もめがね橋に立つことが出来ました。
元気で居ればいつでも出合えるめがね橋です。 がんばります!

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2017年11月 6日

めがね橋へ(3)

碓氷湖一周、三分の一を過ぎた所で小さな 「ふれあいトンネル」 に来ました。

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トンネルの長さは100㍍足らずでしょうか、カーブする所で振り返ってトンネルの中を撮りました。

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トンネネルを抜けて直ぐに木製の橋です。
カミさんが前を歩いて行きます。 その先に 「夢のせ橋」 が見えて来ました。

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碓氷湖の西側に架かる、三つの大きなアーチを描く 「夢のせ橋」 です。

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橋の真ん中のアーチ下にある公園です。 交代で記念撮影です。

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橋の向こうに見える紅葉が綺麗です。

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北側のアーチ下を流れる清流です。

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落ち葉を拾いながら湖へと流れて行きます。

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カエデでしょうか、裏見の紅葉が綺麗です。
 
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歩いて来た坂本ダム方向をカメラに収めました。

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約1,2kmの碓氷湖を一周した後は、碓氷湖へ下ってきた坂道を登って、再びめがね橋に向って歩きます。

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2017年11月 5日

めがね橋へ(2)

坂本ダムの手前にあった案内板です。
赤丸数字①をスターとして、時計回りに湖畔を一周して来ます。

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①から眺めて撮った 「夢のせ橋」 方向です。

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坂本ダムの上です。

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ダムの上から下を覗いて撮りました。 碓氷川に流れて行きます。

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ダムを下りた所で、通り過ぎた 「坂本ダム」 方向を撮りました。

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②の手前で、「ほほえみ橋」 を撮りました。

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これから渡る、ほほえみ橋の上です。

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ほほえみ橋の上に立って、左手下の湖面を眺めると山際から清らかな小川が流れ込んで居ます。

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右手の対岸を眺めて撮りました。
この後の 「めがね橋」 へは、右から左へ歩くことになります。

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③の手前で坂本ダム方向を撮りました。

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碓氷湖一周は三分の一ほど歩いた所です。 歩きを続けます。

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2017年11月 4日

めがね橋へ

秋晴れの10月31日、今年も 「アプトの道」 を歩いて 「めがね橋」 まで歩いてきました。
「遊歩道アプトの道」 は、横川の碓氷峠鉄道文化むらが起点ですが、私たち年寄り二人は天然温泉 「峠の湯」 からの出発です。

峠の湯から遊歩道へ出る所にあった案内標識です。
「めがね橋 1,9K 40分」、「碓氷湖 0,9K 20分」 と出て居ます。
アプトの道は、緩やかな坂の砂利道です。 
先ずは碓氷湖へ向って、ゆっくり歩き出しました。

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しばらくして、第1号トンネルが見えて来ました。
トンネルの上は国道18号です。 

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長さ187㍍のトンネルを抜けました。
高圧線下の大きなケヤキの色あいが見事です。

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第2号トンネルの手前にある碓氷第二橋梁です。
フェンス下が、長さ23,5㍍の煉瓦づくりのアーチ橋(高さ12,2㍍)ですが、写真が撮れません。

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暫らく歩くと第2号トンネルが見えて来ました。

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長さ113㍍のトンネルを抜けると、案内標識です。
左手の碓氷湖の方へ下りて行きます。

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道路上に出た所で、碓氷湖を見下ろして撮りました。

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坂道を下る途中で、赤い 「夢のせ橋」 を方向を撮りました。

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昨年の秋に訪ねた時は、湖の外周工事の箇所があって一周できませんでした。
湖畔にあった、昔懐かしい唱歌 「紅葉」 の歌碑です。
この季節にぴったりの歌碑です。

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「紅葉」 「故郷」 「朧月夜」 「春の小川」 「春が来た」 などの作詞家、高野辰之(故人)の経歴碑もありました。
今でも歌い継がれている、懐かしい歌の数々です。

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この後、坂本ダムを経て湖を時計回りに歩きます。

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2017年9月23日

金富山長純寺

箕輪城跡見学後は、箕輪城主長野氏一族の菩提寺、実相院長純寺を訪ねました。

寺院の参道前に祀る大きな石仏です。
正面手前には、左に聖観音、右に地蔵菩薩が向かい合って立って居ます。
正面奥には、真ん中に閻魔大王、左に奪衣婆(だつえば)、右に経塚の石殿が並んで居ます。

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曹洞宗金富山、実相院長純寺の門柱の間を進みます。

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十数段の石段の上に山門がそびえて居ます。

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山門の左手前で咲いて居たヒガンバナです。
花の横に庚申供養塔が建って居ます。 猿が二匹の庚申塔は珍しいです。

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山門をくぐると直ぐに、一対の鬼瓦がありました。 
真ん中の扇型の瓦は長尾家の家紋でしょうか ・・・・。

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山門をくぐった右手に並んでいた六地蔵尊です。
数えてみると地蔵尊が一体多いようです。
真ん中の仏像が少し小さいようです。 何仏でしょうか ?

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見事な釣鐘です。

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長純寺の本堂です。

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見事な扁額です。 下に家紋でしょうか扇型の紋所が見えます。

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厄除け不動堂です。

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不動堂の前を通って裏山の墓地へ向かいます。
拝観、お参りをしたかったのは長野家のお墓です。
しかし、長野家のお墓か探しきれずに長純寺を後にします。

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よく晴れ渡った13日、第二の故郷でもある箕郷町の箕輪城跡から長純寺を訪ねることがで来ました。

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2017年9月22日

箕輪城跡

9月13日、二人の男の子を育てた私たちの第二の故郷、高崎市箕郷町の箕輪城跡を訪ねました。

↓の赤丸数字①の 「搦手口」 を出発して、赤丸数字②の 「二の丸」 にあった 「箕輪城跡」 の案内板です。

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駐車場を出て直ぐの搦手口です。 
ここから歩き初めて、左手の山道に入ります。

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坂を上って最初に着いたと所が二の丸跡です。
広い台地です。 次は右手の本丸跡へと歩いて行きます。
赤や青の幟旗が風にはためいて印象的です。

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広い本丸跡地に着きました。
本丸は御前曲輪と共に城の中心部です。
広さは、南北約100㍍、東西約70㍍と言われて居ます。

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この石垣は、土塁の土がくずれないに作られたものと言います。
三段に積まれて堀に沿って長く続いているようだとか、石垣の上は 「犬走り」 と呼ばれる通路にもなって居たとか。

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赤丸数字⑤の 「御前曲輪」 です。
「西南の角に物見、戦闘指揮のための櫓があり、その下は石垣で固められていた。 天守閣はなかった。」
「落城の際は、長野業盛以下自害した持仏堂があった。」
とも伝えられている所です。
奥の建物は、昭和2年(1927年)に発見された井戸です。

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赤丸数字⑥の 「井戸」 の近くに来て撮りました。

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赤丸数字⑦の 「郭馬出西虎口門(かくうまだしにしこぐちもん)」 に来ました。
この門は、昨年11月に復元された門で、裏側から見て居ます。

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門をくぐって正面から撮って見ました。
今回の箕輪城跡訪問の第一の目的は、復元されたこの 「郭馬出西虎口門」 を見たかったからです。

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郭馬出西虎口門の左手にあった大堀切です。

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赤丸数字⑧ 「木俣」 に来ました。
ここは家人臣団の屋敷地の一つとではと言われて居る所です。

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ここからカミさんが待つ郭馬出西虎口門の方へ帰ります。
その後、武田信玄軍の総攻撃に敗れた箕輪城主、長野家の菩提寺金富山長純寺を訪ねます。

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